ところが、ネットの反応は賛否両論。賛の方も少なくはなく、賛否は半々に分かれたのである。その反応を見ると、昔からの相撲ファンらしき人は“否”、相撲ファンではないが相撲に興味はあるというレベルの人は“賛”という傾向があることだ。

 まず否には、次のようなコメントがあった。

 「横綱がだまし討ちかよ。品位がないな」
 「猫だましが選択肢に浮かんだ時点で横綱失格」
 「横綱が猫だましで勝つなんて。もう国技としての大相撲は終わったな」

 次に賛のコメント。

 「白鵬の猫だまし、面白かった」
 「技としてあるんだから、いいじゃないか。文句があるのなら禁じ手にすればいい」
 「相撲だってエンタテイメントなんだし、それを考えれば有りなんじゃないの」
 「勝敗を競う世界なんだから、いつまでも凝り固まった概念をおしつけるなよ」

 といったところである。

 当の白鵬は場内からのヤジも聞こえただろうし、批判を受けることもわかっていたはずだ。が、支度部屋で報道陣に囲まれると、笑みさえ浮かべて「勝ちにつながったんで、うまくいったと思います」と答えたという。つまり故意犯。物議を醸すことを承知の上で、猫だましをしたというわけだ。

 筆者は長年相撲を見てきたひとりのファンとして横綱がこのような技を使うことに違和感を覚えたが、その一方で「面白かった」、「エンタテインメントだから、いいじゃないか」といった擁護の声があったことにも驚いた。

“好漢”白鵬はなぜ批判覚悟で
猫だましをやったのか

 そもそも白鵬はなぜ批判を受けることをわかっていて、猫だましをやったのだろうか。

 白鵬は元横綱朝青龍のような、やんちゃなタイプではない。5年ほど前にインタビューをしたことがあるが、ひとつひとつの質問を深く考え丁寧に答える好漢だった。理想とする力士は戦前に活躍した横綱双葉山。69連勝という偉大な記録をつくった双葉山を尊敬しており、その映像を何度も見返して研究、「あの域に達したいと思っています」と語った。真摯に相撲を究めようとする姿勢には感動を覚えたものだ。だからこそ余計、猫だましという奇襲を行なったことに驚いた。