半年ほどで、自分の担当していた仕事をまとめ、後輩を指導し、迷惑をかけないように職場を去ろうと心に決めていた。そのうち、食欲がなくなり、喉に異物が閊えているような気がして、近くの診療所で診てもらったところ、「心身症」と診断され、向精神薬を処方された。ただ、薬に即効性がなく、苦しんだという。

 人間関係も苦手だった。自分のことを理解してくれる人とは仲良くできるのに、人見知りで、職場の人たちと満遍なく付き合うことはできなかった。自分のことを聞かれたり、話したりすることも不快だった。飲み会にもあまり顔を出さず、同僚との関係はギクシャクしていったという。

 彼女は、仕事を辞めたとたん、驚くほど元気になったため、1年後、別の銀行で、また仕事をするように勧められた。非常勤であれば、飲み会などの付き合いもしなくて済む。そう思っていたら、小さな職場だったため、正職員以上に仕事をしたことによって、大変な反発を受けた。

 結局、その銀行も辞めてしまい、不安定な状況が続いた。自分の身の回りに何か起こると、銀行が関係しているのではないかと疑うことさえあったという。

「誰にも迷惑をかけたくない」と
自殺未遂をするも…

「銀行に負けたくないという怨念にも似た気持ちから、絶対に死なないと思っていました。家族に心の傷を与えたくないと思い、自殺を思いとどまってきましたが、これ以上、家族に迷惑をかけられない。家族も、私にいなくなって欲しいと思っているに違いないと思い込み、自殺未遂を起こしました」

 最初は、カミソリで手首を切ろうとした。しかし、あまりの痛さに驚いた。次に、ガスを使った。

「私は、本当に死にたいと思っていたわけではないと思う。母が出かけるとき、カギを持っていって欲しいとお願いしました。すぐに発見して欲しかったのだと思う」

 帰ってきた母は、ガスの充満する台所にいる彼女を見つけると、思い切り引っ叩いた。あんなに怒った母を見たことがなく、そこで目が覚めたという。

「私は、家族の愛情を感じ、精一杯生きようと思いました。自殺未遂の後、あんなに太陽の光が眩しいと感じたことがありませんでした。生きていて本当に良かった。生かされていて本当に良かったと思います」

 彼女はその後、特養老人ホームなどのボランティア活動に参加。定年後のシニア世代のスタッフにかわいがってもらい、「人を信じて心を開けば、人は自分のことも信じてくれる」という人間の根幹を学んだ。