「守るべきは雇用」という
考え方の落とし穴

 残る社員の雇用こそ守ってしかるべきという声も、日本では絶えない。もちろん、小さな代償で守ることができるなら、そうすべきだと私も思う。しかしながら、代償は決して小さくない。

シャープ再建は、もう手遅れ <br />失われた4年間の愚策みしな・かずひろ
1982年一橋大学商学部卒業、84年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了、 89年ハーバード大学文理大学院博士課程修了後、ハーバード大学ビジネススクール助教授、 97年北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助教授などを経て04年神戸大学大学院経営学研究科教授。 専攻は経営戦略、経営者論。『戦略不全の因果』『戦略暴走』『総合スーパーの興亡』『どうする?日本企業』(以上、東洋経済新報社)など著書多数。

 そのロジックの核にあるのは、モラルハザードである。わかりやすく説明すると、いったん自動車保険に加入すると運転が慎重さを欠く現象が、モラルハザードにほかならない。

 車を運転していて人を死なせてしまうと、その瞬間に1億円を超える借金を背負うとしよう。従来通り運転を続ける人が何人いるであろうか。運転を続ける人にしても、平均速度はぐんと下がるに違いない。多くの人がハンドルを握り、法定制限速度プラスアルファまでアクセルを踏むのは、保険があってこそなのである。

 競争に敗退したシャープを経営破綻から救う行為は、保険と同じように機能して経営者のモラルハザードを呼び込んでしまう。

 財閥が系列を形成し、メインバンクが困窮した企業を救ってきた日本では、実際にモラルハザードが頻繁に起きていた。腑に落ちなければ、拙著『戦略暴走』を一瞥していただきたい。モラルハザードのコストが優に兆の桁に乗ることがわかるはずである。自動車は保険を設けて多くの人々に運転する道を開いたほうがよいが、経営は断固として違う。

 職を失って人生の再構築を迫られる人が大変な思いをすることは事実である。だからと言って、そういう人の救済を最優先にしても、結局は経営者は同じ轍を踏んで失敗してしまい、職を失う人が将来にわたって出続けてしまう。だから、シャープの悲劇を1社で済ませるために、シャープの痛みをオブラートに包んではいけないのである。守るべきは現世代の雇用より未来の何倍もの雇用であり、そのために必要な規律なのである。