写真 加藤昌人 |
何畳分もの大きさの紙に、重さ40キログラムの筆で墨をたたきつけていく様は、長大な剣を振るって立ち回る古強者のようだ。
大音量の音楽がけたたましく鳴り響くなかで、自らをトランス状態に追い込み、わき出てきたフレーズを一心不乱に書き連ねる姿は、現代のシャーマンをも思わせる。
坂口安吾の小説と山本耀司のファッション、そしてロックミュージックをこよなく愛するちょっと尖った青年が、一変する瞬間だ。
昭和の三筆、手島右卿が晩年にただ一人迎えた最後の門下だ。「切ったら血が出るような線を書け」。その言葉を残し、師は他界した。16歳で見送った。その日から、墨跡に血をほとばしらせることの意味を自問自答し、鋭敏な意識を傾け続けている。
臨書――手本どおりに書き写す基本を気が遠くなるほど繰り返してきた。費やす時間は、「父(書家・翠流)以外には誰にも負けない」。空海、嵯峨天皇、顔真卿など古の書聖たちの筆の運びを、筆圧を、リズムをわがものとするために、日に何百枚とひたすら書き続ける。それは、3000年の書の伝統に対する祈りにも似ている。
臨書によって研ぎ澄まされた技をもって、己の精神性を表現しようと試みる“カキヌマアート”の世界。それははたして、書なのか、前衛芸術なのか。確かなのは、描かれた漆黒の線の中に、われわれは熱い血の脈動を確かに感じ取ることができるということだ。
(ジャーナリスト 田原 寛)
柿沼康二(Koji Kakinuma)●書家/アーティスト。1970年生まれ。20歳代で独立書展特選、毎日書道展毎日賞などを受賞。27歳で単身渡米し、ニューヨークで初の個展を開催。2006年9月からプリンストン大学特別研究員として再渡米し、各地でパフォーマンスを披露。2007年には、NHK大河ドラマ「風林火山」のタイトルを揮毫。