民主党の「経営学的な失敗」
反面教師としての、鳩山・小沢・菅

 国民は、「先の民主党政権に懲りている」と言っていいだろう。まず、この現実を直視することが重要だ。安倍政権に疑問や不満を感じるとしても、前の民主党政権よりはマシだ、という感覚が、4割に近い30%台と、民・維を合わせてもせいぜい10%前後といった、自民党と民維新党の支持率の差に表れているように思う。

 旧・民主党政権には、経営学的な失敗と、経済学的な失敗の、2つの失敗があった。

 今や、彼らの名前を出して読者に過去を思い出させること自体が、民維新党に対してネガティブな効果を持ちそうだが、鳩山由紀夫氏、小沢一郎氏、菅直人氏、の民主党政権成立時のスリートップは、会社で言う経営層の人材として、顕著な長所と短所を1つずつ持っていた。

 鳩山氏には、お金があったが、リーダーシップが無かった。民主党設立時、そして政権交代時に、民主党の経済的オーナーに近い地位にあり、もちろんお金を出してこれで人を集められたことは、彼の大きな功績だった。しかし、リーダーシップの要諦は、リーダーが発した言葉が本人の動かぬ真意であるという「言葉の一貫性・信頼性」にこそある。この点では、リーダーに全くふさわしくない人物が最初に首相となって、せっかくの支持率を無駄遣いしてしまったのは、民主党にとって残念な経緯だった。

 小沢氏は、経営者で言うと、企画力・構想力が優れているが、オペレーションを構想しコントロールする力が意外に弱い人だった。政権交代に至る戦略や、選挙での勝利は、彼の戦略無しにはあり得なかっただろう。一方、何とも無理筋な「政治主導」で官庁をコントロールしようとした、オペレーション(業務遂行)力の無さは、驚くような企業買収を成功させる豪腕を持ちつつも、買収先企業をマネジメントできない経営者の如き、残念なコントラストだった。

 彼が一時代をなした、一流の政治的策士であったことは間違いないが、「小沢」・「非小沢」に党を分断して勢力を弱めようとした官僚集団の戦略と実行に敵うものではなかった。小沢氏の神通力は、その全盛期にあっても、政治家には通じても、官僚には通じなかったと評価すべきだろう。

 菅氏は、相対的にお金も人望も無かったように思うが、人気があった。彼は、漠然とクリーンなイメージを持っていて、選挙用語で言う「風」に乗ることが巧みな、いかにも民主党らしい政治家だった。しかし、彼には誠意が無かった。首相就任後の消費税増税への転向や、震災と原発事故に対する対応も良くなかったが、国家戦略局を立ち上げるべく副総理格での活躍が期待された政権交代直後の時期に、彼が仕事をほとんどサボタージュしたことは、民主党政権が行政をコントロールすることに失敗した大きな原因となった。