「許せる派」の代表的な意見は、次のようなものだ。

「経歴を詐称したことによって、人の命に関わるような重大な事件が起きることはない」(25歳・女性)

「きちんと仕事をしているなら、そんなに気にするようなことではないと思う」(34歳・男性)

「医者などの資格が必要な仕事ではない限り許せる」(27歳・女性)

 さらに、「その経歴に対しての先入観を持つ側が悪い場合もある」(29歳・男性)との意見も寄せられた。

 確かに、ショーンK氏の問題に関しても、「学歴や職歴にこだわり過ぎる日本人」に対して疑問が投げかけられた。「コメンテータとして実力があったならば、それでいいではないか」と。著名人の名前を検索してみても、「学歴」と予測ワードが出てくることが多く、世間の大多数の人が「学歴」などで人の価値を測っていることがわかる。だからこそ、世の中から「詐称」の種が消えないのだ。

 筆者の場合、非常に中途半端な学歴なので、プロフィールに記す場合もあれば、記さない場合もある。しかし、仮に誰もが羨むような学歴を持っていたら、毎回記すかもしれない。それによって、発言していることの信憑性が高まると思うからだ。そう思っている時点で、筆者も知らず知らずのうちに「学歴病」にかかっているのだろうか。

 しかし、だからと言って、詐称をしていいというわけではない。学歴や経歴に過度にこだわる悪い側面が日本人にあることは間違いないと思うが、それによって会社での賃金や待遇が変わってくる場合もあるし、そもそも「嘘」は社会的な信頼を損なう。ショーンK氏の一件を見ても、痛いほどわかるだろう。

 世の中の2割近くの人が目撃しているという「ホラッチョ星人」たち。自分を大きく見せたい、尊敬されたい、仕事を獲得したいなど、様々な動機はあるだろうが、詐称が判明したときの代償はあまりに大きい。ありのままの過去を受け入れて、勝負しなければいけないのである。

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