ここでガースナーが着目したのがミドルウェアとサービスであった。ミドルウェアとはデータの流れや負荷をマネジメントするソフトウェアのことで、ネットワークを介して多くの企業や個人がデータをやりとりするようになれば、ミドルウェアへのニーズが増えると読んだのだ。また、顧客が様々なサプライヤーの機器やソフトをネットワークにつなぐようになると、それらを全体的に統合するソリューションやサービスの価値も高まる。

 こうした将来像に基づき、ガースナーはIBMの事業構造の再構築に取り組む。ミドルウェアとサービスに大胆に投資するとともに、自社のミドルウェアをオープン化し、他社製のハードウェアにも対応できるように改めた。同様にサービスにおいても他社製品を取り扱うことにした。

 ガースナーのことを「素人」と思っていた社内からは、当然「敵に塩を贈るようなものだ」と反対ののろしが上がる。しかし、ガースナーはそれに怯むことなく、「顧客にとって良ければ、他社製品でも勧めるべき」と応じる。第5回で紹介したジェフ・ベゾスの先例が、すでにここにあったといえよう。

 また、ロータス・ディベロプメントを買収し、多数のユーザーの共同作業を支援するミドルウェア「ノーツ」を手に入れる。それらと並行して、サービス事業を全世界で一元化し、グローバル企業のニーズに応えられる体制を確立した。

過去の常識に囚われていたら
IBMは消えていたかもしれない

 その一方で、アプリケーション・ソフトについては、これまた社内の反対を押し切り撤退するという決断を下している。SAPなどのアプリケーション・ソフトの大手企業とは、競争するより協力した方が得策というわけだ。

 このような形で、ガースナーはIBMの垂直統合型のビジネスモデルは一応維持しながらも、ミドルウェアとサービスに関しては業界横断的な水平型ビジネスモデルを確立した。第4回で紹介したアップルの、ある方向から見ると垂直統合型で、別の方向から見ると水平型に見えるビジネスモデルの先例がここに見られる。

 ガースナーは情報革命という数百年に一度の大波に直撃されながら、その先に生まれる業界全体の未来を正確に予想した。その中で、サービスやミドルウェアに価値がシフトしていくことを見出し、そこに賭ける形でIBMの事業構造をつくり直す。それがその後のIBMの再生を可能にした。仮にガースナーが自社の中だけを見ていたり、過去の常識に囚われていたら、IBMは情報革命によって消えていった企業として名を連ねていたかもしれない。

 環境が大きく変わるときは、自社だけを見ていても解決策は見えてこない。暗黙のうちに前提条件とみなしている業界の構造自体が、この先どう変わっていくのか。そこに視野を広げることで、はじめて解決策が浮かび上がってくることがわかる。