スイスから来た救援隊もびっくり!
被災地で傍若無人に振る舞う日本のマスコミ

 こういう2つの大災害の教訓を踏まえ、マスコミに襟を正そうという動きがなかったわけではない。阪神・淡路大震災後の中央防災会議ではマスコミの空撮ヘリのせいで、救助活動に差し障りがあるという話がでたので、今後は大震災後の3日ほどは空撮取材禁止か、自粛を求めたらどうかという案がでた。どうしても空撮映像が欲しければ、自衛隊が撮影すればいいというのだ。

 これは、「メキシコ地震は人命優先でメディアの飛行が規制された」という意見を述べる委員がいたということもあるが、阪神・淡路大震災の救援にかけつけてくれたスイスの災害救助隊から、「人命救助の最中に、テレビカメラがぞろぞろついてきて驚いた」という声が聞こえてきたことが大きい。

 かの国は、国境なき記者団の「報道の自由ランキング」でもそこそこ上位につけるほど、メディアの自由は確保されている。が、人命救助を優先すべき現場で、レポーターが「ご覧ください、今にも崩れそうな建物です。あぁ!危ない!」なんてプロレス中継のような報道をする「自由」は認めていないというわけだ。

 だが、この「災害報道規制論」は結局うやむやにされる。マスコミから猛烈な反発があったからだ。

 たとえば当時、「朝日新聞」の編集委員だった軍事評論家の田岡俊次氏も、「まるで有事の際、自衛隊のヘリの飛行を禁止し、報道のヘリに機関銃を積んで、対地攻撃させるような珍案だ」(朝日新聞1995年3月15日)と痛烈に批判。その他のマスコミも「知る権利を守れ」とシュプレヒコールを送った。

 その翌年、長野県更埴市での山火事取材中、テレビ信州と長野放送の取材ヘリが空中衝突して6人が死亡するという痛ましい事故が発生しても、マスコミの主張はブレることはなかった。それは2000年代に入っても変わらない。

 有珠山、三宅島の噴火、新潟中越沖地震、そして東日本大震災でも被災地入りしたマスコミは「報道」の名のもとで「自由」に振る舞い、その度に被災者と衝突してきた。もちろん、そういう話が注目を集めるたびに、「災害報道のあり方を考えよう」なんて議論にはなるが、喉元過ぎればなんとやらで、気がつけば25年以上も同じようなことを続けてきたというのが「現実」なのだ。

 リコール隠しをした三菱自動車が幾度となく不正に手を染めたことを、マスコミは「隠蔽体質」だと批判をしている。同じロジックでいけば、25年も同様のトラブルを繰り返すのは、マスコミに染み付いた「体質」によるものだと考えざるをえない。