TPPの交渉結果が不成功に終わっても、国際通商ルールの知識が必要なくなるわけではない。FTAやEPAに関する理解度は、企業経営の浮沈を左右する

 2016年2月、長い交渉を経てTPP(環太平洋経済連携協定)が署名された。これは多くのビジネスパーソンが、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)に関心を持つきっかけとなった。

 それでもいま「TPPの自社への影響は?」という問いを企業に投げかけたとき、「不明」や「軽微」という回答が少なくない。これはTPP交渉の結果が不成功だったからだろうか。

 そうではない。理由は、難解な協定文書を読み解いてビジネスへの示唆を行う「通商とビジネスの間の翻訳」ができていないからに他ならない。企業は国際通商ルールについて十分なリテラシーを身につけるだけの月日を経ていないのが実情だ。

 日本にとって初めてのEPAである「日シンガポールEPA」の発効以来、2007年頃まで日本でEPA・FTAは年間1000件(原産地証明書発給ベース)にも満たない程度しか活用されてこなかった。すなわち、先代の経営陣のアジェンダにはこれらの通商動向は含まれていなかったのだ。

 だが、いまやこの活用は年間数万件に上り、通商ルールへの対応の巧拙が短期利益にも中長期競争力にも大きな差を生むことが認識されるようになってきている。だが、そのことを詳しく解説した著書や記事は、世の中にあまり出回っていないのが現状だ。そこで今回は、日本の産業・企業にとって無視することができないFTA・EPAの影響について、一から解説したいと思う。

TPPの企業への影響は?
「関税3%」は「法人税30%」に相当

 TPPをはじめとしたFTA・EPAでは、いわゆる貿易自由化と呼ばれる「関税ルール」と規格・基準や知的財産などの「非関税ルール」が扱われる。これらによるビジネスインパクトは、マーケティングやオペレーションの改善では対応できないほど大きい。

「関税3%」は「法人税30%」に相当することを、経営者は認識しているだろうか。

 一般的な製造業の場合、関税が課される輸入価格(CIF価格)は法人税が課される税引前利益の10倍程度になるためだ。そのため、最終利益ベースでは「関税3%」は「法人税30%」に相当するインパクトとなる。年に一度発生する法人税と違い、関税コストというものは外国への出荷の度にじわじわと大きな出血が続いているのに似ている。早期止血は当期利益に直結する。