個人投機家のドル買いに存在感

 「ミセス・ワタナベ」とは、外国為替の世界にFX(外国為替証拠金取引)を通じて参加する日本の零細個人投機家の通称だ。数年前、主婦がFXで儲けたお金を税務申告せずに摘発されて、その際に意外に大きな儲けの額が話題になったことがあった。摘発された主婦が「ワタナベさん」だったかどうかは記憶にないが、いかにも日本人らしい名前として通用しているらしい。文脈的に投機家個人を指すこともあるが、日本の個人為替投機家を総称してこう呼ぶことが多い。

 尚、細かな定義に拘るようで恐縮だが、FXは、株式投資や債券投資、あるいは不動産投資のような価値の生産に資本を投じる行為ではなく、基本的にはゼロサム・ゲームなので、「投資」ではなく「投機」だ。従って、彼らを「個人投資家」と呼ぶことは不適当だ。但し、自己責任で参加する限り「投機」が悪いわけではない。リスクを取って市場に参加し、流動性を供給すると共に価格発見機能に参加する立派な行為だ。大臣や官僚が、相場の変動時に、投機が悪であるかのようなコメントを述べることがあるが、不適切だ。

 ロイターのコラム「健在なミセス・ワタナベと為替介入のタイミング」(ロイターコラムニスト 田巻一彦。9月3日)によると、日本の個人投機家である通称ミセス・ワタナベは、集団として、米ドルの買い持ちポジションを持つ傾向があり、「ドル売りを仕掛ける短期筋の注文をかなりの程度、吸収しているという」。

 金額的には、日本の個人投機家の買い持ちは、合計で数千億円程度の単位のようだから、相場の流れを変えるほど決定的に大きいわけではないが、一定の存在感はある。ワタナベさんにとって、円高対策に貢献することが目的ではないだろうが、現時点では、菅首相や白川日銀総裁よりも力を発揮している、といえる。

 しかし、ミセス・ワタナベがFXに参加する個人であることを考えると、二つ心配がある。一つは、ドル買いのポジションが現時点で損失になっていることであり、これに関連して、もう一つは、彼女たちがポジションを手仕舞う(反対売買する)時には相当額のドルを売って、円を買うことだ。