優れた者を、その気にさせる天才だった劉邦
「自ら功伐に矜り、その私智を奮いて、古を師とせず、覇王の業と謂い、力征をもって天下を経営せんと欲すること五年、ついにその国を滅ぼし、身は東城に死せり」(書籍『一勝百敗の皇帝』より司馬遷の記述)
『史記』の著者である司馬遷は、項羽の上司としての不適格さを手厳しく批判しています。「功伐に矜り(こうばつにおごり)」とは、自分の功績ばかりを誇ることです。
先の4人が項羽陣営を抜けたあとも、范増(はんぞう)、鍾離眜(しょうりばつ)、龍且(りゅうしょ)、季布(きふ)など、名軍師、猛将たちが項羽軍にはいましたが、陳平の離間策などで分裂を加速され、次第に形勢が不利となり、最後に項羽は滅びます。
一方で劉邦は、人の言葉に耳を傾け、資質があるとわかると大げさすぎるくらいに相手を高く評価する度量がありました。劉邦の最大の知恵袋となった軍師・参謀の張良は、仕える武将を自ら探していました。劉邦が、自分の話を熱心に聞いてくれ、素直に献策を実行してくれることに感激して、彼は劉邦を天下人にするために全力を尽くします。人は、自らの才能を認めてくれる人、自分を尊重してくれる人の為に全力を尽くしたいと思うものなのです。
他人に「期待して注目する」。ホーソン効果で部下を戦力にせよ
1924年、シカゴ郊外のホーソン工場である実験が行なわれました。当初は労働者の生産性と照明の明るさの関連性を裏付けることを目的にしていましたが、調査を進めると驚くべきことがわかってきます。
最初に工場の照明を明るくしたところ、作業能率の向上が計測できました。しかし次に、照明を暗くしても、作業能率が向上してしまったのです。「研究者が自分たちの能率を計測している」という作業者側の意識、自分たちが関心を持たれて注目を集めているという感覚が、能率向上の原動力だったのです。この心理的な効果は、工場の名前から「ホーソン効果」と呼ばれています。
つまり人は期待されている度合、注目されている度合、信頼されている度合によって、「自らの労働量を調整している」のです。部下は、上司によってその仕事量もパフォーマンスも大きな差をつけていると考えることもできるでしょう。
身近な人の才能、献身、成果への努力を引き出せない上司ほど、「いい人材がいない」と嘆きます。しかし上司がなにもしなくとも、すべてを成し遂げてくれるような部下はめったに存在しません。どのような部下も、あなたの前で本気になるか、適当に手を抜いて仕事をするか、言葉にせずとも調整しているのですから。
項羽が天下を獲るために必要な人材は、まさに彼の身の回り、ごく身近なところにいました。彼と同様に、私たちも仕事、家庭、プライベートですでに周囲にいる人たちの才能や努力を、100%引き出せているかを考える必要があるのではないでしょうか。
私たちは、周囲の大切な人の言葉や想いに、真摯に耳を傾けているでしょうか。自分の優秀さを誇るだけで精いっぱいの人間からは、静かに人が離れていきます。歴史の教訓から学ばない者は、自分の功績だけを誇り、最後には敗北者として取り残されることになりかねないのです。