そこで「Quality of Network」、つまり、ネットワークにおける質とは何か、質がネットワークをつくるとは何かということを、新しく言わなければいけない時代になった。おそらく、15年ほど前からそういう時代がやってきていたのでしょう。武田さんはそこに気がついたのですね。

 量の世界は、検索エンジンでランキングされたレピュテーション(評判)が高いものを取っていくという世界でした。でもそのランキングが質なのかというと、大変あやしい。そこにはなにか新たなフィルターが必要だと考えられます。それを、私は「編集」とか「エディティング・フィルター」と呼んでいるのです。これがQuality of Network時代における1つ目のテーマです。

日本的な「境界」をネットワークにどう設計するか

質から量、また質の時代に<br />選ばれる「ネットワーク」の5つの条件「公私を分けたからこそ、世の中でさまざまな問題が起こっている」と指摘する松岡氏

 2つ目のテーマは「公私混同」です。舛添前都知事は公私混同で失脚しましたが、私自身は、公私なんてものを分けたからこそ、世の中でさまざまな問題が起こっていると考えています。これは、「公共財」という考え方をつくったドラッカーのせいでもありますね。

 公私混同をする、あるいは公私を分けるためには、公と私を比べるだけではダメです。公と私の間に「共」が必要になります。そもそもネットワークというのはこれにあたるのです。茶の湯の「一客一亭」と同様に、社会や文化というものは、本来は公私がない。公私を混濁するところが本来のネットワークの基礎なのです。それにもかかわらず、時間が経つにつれてネットワークにも私秘されるものと公準とされるものが分別されてきました。改めて「共」というものをどのようにつくるのか、というのが「Quality of Network」が目指すべき2つ目のテーマです。

 3つ目のテーマは、「囲う」ということです。通常、コミュニティというのは囲わないとできない、と思われています。消費者コミュニティで言えば、カスタマーを囲いますね。でも、それはもう通用しません。クオン株式会社がやってきたように、むしろカスタマーユーザーに「囲われる」コミュニティをつくるのが、これからの新しいコミュニティ、ニューコモンズの課題になると思います。

 囲うのか囲われるのか。例えば茶室では、囲った瞬間にルールを変えるわけですよね。大小の刀を外す。草履も脱ぐ。そして、にじり口のような狭いところから入る。利休は利休なりに、囲いコミュニティの根本の極小コミュニティモデルをつくったんです。