ステファン・ガルニエ氏による『猫はためらわずにノンと言う』は、多数の仏メディアで話題となった全仏ベストセラーの日本語版だ。世界22ヵ国でも翻訳された猫に教わる人生指南書である。
他人の目は気にせず、決して媚びず、欲しいものは欲しいと言い、プレッシャーに屈せず、エレガントで自信に満ち、ひとりでも平気……子猫の時に事故にあい、左前足を失くした猫ジギーが、そんなハンディキャップをものともせず、むしろ「それが何か?」と気にもかけずに振る舞う姿は、常に他人の目を気にして、何かに追い立てられ、せわしく動きまわっている人間たちに、自分らしく生きるために本当に必要なことは何かを伝えてくれている。
猫を飼っている人、猫好きな人だけでなく、猫のように、そこにいるだけで自然と一目置かれる存在になりたい人にも役に立つ! とフランスのみならず日本でも好評を得ているが、そんな本書について、「そもそも日本人よりずっと自由に自分らしく生きているイメージのあるフランス人に支持されているなんて不思議!」と思われる人もいることだろう。
先日、本書の翻訳を担当した吉田裕美氏に、フランスの地方新聞の記者から取材依頼があった。取材の目的は「この本が日本でどのように読まれているか」といったことだったが、またとない機会なので、本書のフランスでの読まれ方を逆質問してもらった。
(以下、取材・構成/吉田裕美)

なぜ、自由なフランス人に
「猫のように生きる秘訣」が必要?

全仏ベストセラーの『猫はためらわずにノンと言う』。<br />なぜ、自由なはずのフランス人に、猫のように生きる秘訣が必要とされたのか? そこにはフランス人の意外な一面があった!<br />吉田裕美(よしだゆみ)
東京都生まれ。東京学芸大学教育学部初等教育国語科卒。在学中に文部省給費にてパリINALCO(国立東洋言語文化研究所)留学。リサンス(大学卒業資格)取得。日仏両国で日本語を教える傍ら翻訳、通訳に携わる。地域猫ボランティア活動に関わり、これまで多数の猫を預かり里親へ橋渡ししてきた。現在、2匹の愛猫とともに暮らしている。

 私(吉田)が翻訳を担当した『猫はためらわずにノンと言う』の著者ステファン・ガルニエ氏より、「ウエスト・フランス紙の記者が、日本語版の本のことであなたに取材したいと言っているよ」という旨のメールが届いたのは3月のことだった。
 その後まもなく、ガルニエ氏より紹介されたというオードレー・ギレー氏が私に連絡してきた。

 フリーランスのジャーナリストであるオードレー・ギレー記者は、ウエスト・フランス紙の依頼で『猫はためらわずにノンと言う』の著者であるステファン・ガルニエを取材している。ウエスト・フランス紙はブルターニュ地方の玄関口、レンヌに本拠地を構え、日に80万部を発行する大手地方紙だ。
 ギレー氏の日本滞在のスケジュールに合わせて、5月の初めに都内で会う段取りとなった。
 せっかくの機会なので、私はギレー氏に、この本がフランスでベストセラーとなった理由など尋ねてみようとも思った次第だ。

 今年4月から東京の大学で教鞭を取っている夫に合流するため、11歳の愛娘のセンチャちゃんを連れて来日したギレー氏にとって東京は初めての土地。「現場主義」をモットーとし、インターネットで瞬時に情報が世界を駆け巡る現代にあってなるべく現地に足を運んで人々の肉声を聴くという古風な仕事の流儀を自らに課している。
 聞けばギレー氏は、隔月刊誌「Kaizen」にも定期的に寄稿しているということだ。「Kaizen」は日本語の「改善」から来た言葉で、もともとは製造業で設備や工具の改造、安全性の向上や生産性の効率化、不具合の防止など生産にかかわるすべての範囲の向上を目指す戦略のことである。上からの命令ではなく現場の作業員たちの気づきによって継続的な向上を目指してゆくところに大きな特徴がある。一握りのエリートが作ったシステムの上意下達が徹底しているフランスではまったく新しい概念であり、バブル崩壊頃までは経済的な側面から注目を浴びていた。
 ジャーナリズムの世界では、とかく悲観的なニュースばかりが幅をきかせる傾向がある。ニュースが悲惨なら悲惨なほど世間の耳目を集めるものだし、むごたらしい現実があるのも否めない。しかし、その中で悲観主義にも楽観主義にも偏ることなく少しでも改善できる余地を探るのが「Kaizen」誌の目指すところだと話してくれた。

「はじめはテレビ局に入社したのだけれど、次から次へと消化不良のまま足早に放映していくスタイルが合わなかったからやめたの。媒体が文字っていうのはいいものです」
 ギレー氏は、そう言って笑った。
 さっそく私は、『猫はためらわずにノンと言う』がフランスでベストセラーになっている理由について尋ねてみた。