ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』が話題の山口周氏。山口氏が「アート」「美意識」に続く、新時代を生き抜くキーコンセプトをまとめたのが、『ニュータイプの時代――新時代を生き抜く24の思考・行動様式』だ。
成功した人は、どのようにキャリア戦略を考え、実行しているのか? 有名のクランボルツの研究では、成功した人たちのキャリアは、80%が「偶然」であることを明らかにしている。では、人生をただ偶然に任せればいいのだろうか。もちろん、事はそれほど単純ではない。変化がますます激しくなる時代には、自分なりの判断軸を持つ必要があるのだ。
切り替わった時代をしなやかに生き抜くために、「オールドタイプ」から「ニュータイプ」の思考・行動様式へのシフトを説く同書から、一部抜粋して特別公開する。

【山口周】人生は大量に試して、<br />うまくいったものを残すしかない

【オールドタイプ】綿密に計画し、粘り強く実行する
【ニュータイプ】とりあえず試し、ダメならまた試す

賢人とは人生を楽しむ術を心得た人

人生を浪費しなければ、人生を見つけることはできない。
――アン・モロー・リンドバーグ

 17世紀にオランダのハーグで活躍した哲学者のスピノザは、人であれモノであれ、それが「本来の自分らしい自分であろうとする力」をコナトゥスと呼びました。コナトゥスという言葉はもともとラテン語で「努力、衝動、傾向、性向」といった意味です。

 スピノザは、その人の本質は、その人の姿形や肩書きではなく、コナトゥスによって規定されると考えました。当然のことながら、コナトゥスは多様であり、個人によって異なります。

 さて、私たちは「良い・悪い」という評価を、社会で規定された絶対的尺度として用いていますが、スピノザによればそれらの評価は相対的なものでしかなく、文脈に依存して決定されます。

 ではどのような文脈に依存するのかというと、その人のコナトゥスを高めるのであれば「良い」ということになり、その人のコナトゥスを毀損するのであれば「悪い」ということです(*1)。

 つまり、この世に存在しているあらゆるものは、それ自体として「良い」とか「悪い」ということはなく、その人のコナトゥスとの組み合わせによって決まる、とスピノザは考えたわけです。

 もしあなたが自然の中に身を置いて、活力が高まるのを感じたのであれば、自然はあなたのコナトゥスにとって「良い」ということになります。一方で、孤独に苛まれやすい人が自然の中に身を置いて、疎外感を感じたのだとすれば、自然はその人のコナトゥスにとって「悪い」ということになります。

 スピノザの賢人観もまた、このような思考の延長線上にあります。スピノザによれば、賢人というのは、自分のコナトゥスが何によって高められ、何によってネガティブな影響を受けるかを知り、結果として人生を楽しむ術を心得た人だということになります。主著である『エチカ』から引きましょう。

 もろもろの物を利用してそれをできる限り楽しむ(と言っても飽きるまでではない。なぜなら飽きることは楽しむことではないから)ことは賢者にふさわしい。たしかに、ほどよくとられた味のよい食物および飲料によって、さらにまた芳香、緑なす植物の快い美、装飾、音楽、運動競技、演劇、そのほか他人を害することなしに各人の利用しうるこの種の事柄によって、自らを爽快にし元気づけることは、賢者にふさわしいのである。
――スピノザ『エチカ(下)』第四部定理四五備考

(注)
*1 ここでは踏み込まなかったが、スピノザは次の理由でコナトゥスが極めて重要だと考えていた。そもそもこの世に存在しているあらゆる個体は、それぞれがそれ自体として完全性を有している、という前提がある。すでに完全性がある以上、「自己を改変する」よりも、「本来の自己であろうとする」方が重要であり、そのためコナトゥスが重要になる。