大量に試して、うまくいったものを残す

 たくさん試すことで「勝てる場所」を見つける、というのは企業戦略にも適用できる考え方です。

 つまり、クランボルツによる「成功者のキャリアは偶然のもたらす機会によって跳躍している」という指摘は、企業の成長においてもまた適用できるテーゼだということです。

 現代の社会において、このテーゼの強力さを最もわかりやすく示しているのがアマゾンです。最近ではGAFAと総称される「勝ち組企業グループ」の中核でもあり、「成功」というイメージの代名詞のようになっている感もあるアマゾンですが、同社の成長が「試す力」によっていると指摘すれば驚かれるでしょうか。

 アマゾンは実は「試行と撤退」の達人でもあります。同社は上場以来、70を上回る数の新規事業に参入していますが、およそ3分の1は失敗して早期に撤退しています。

 新規事業を立案する際には、綿密な計画を立て、乾坤一擲の資源投入によって成功を目指すのが定石だと考えられていますが、アマゾンの成功はそのような予定調和の末に獲得されたものではなく、膨大な数の「試行錯誤」の結果なのです。

 このような組織としての傾向は、伝統的な企業においても観察されます。たとえば継続的にイノベーションを成し遂げている企業としてよく知られる3Mの社是には「試してみよう、なるべく早く」という項目がありますし、ジム・コリンズが、いわゆる「ビジョナリー・カンパニー」に共通して見られる特徴として指摘したのは「大量のものを試して、うまくいったものを残す」ということでした。

 意外に思われるかもしれませんが、これは「生命が進化するメカニズム」を、経営に取り込んでいると考えることもできます。

 よく知られている通り、生命の進化は自然淘汰というメカニズムによって駆動されています。自然淘汰は「偶発的に発生する突然変異」を起点にしています。遺伝子のコピーになんらかのエラーが発生し、新しい形質が生まれたとき、その形質が「たまたま」環境と適合していれば、新しい形質を持った個体が子孫を残す確率が高まります。

 これを延々と繰り返すことで、より環境に適合した形質を持った種が生き残るようになるわけですが、ここで留意しなければならないのが、新しい形質の獲得は基本的に「偶然」だということです。

 これを演繹すれば、偶然の変化が起きる回数が多ければ多いほど、進化の契機もまた増加するということになります。

 3Mなどのトラディショナルな企業ですら、すでにこのような「とにかく試してみる」というアプローチの強力さを証明しているわけですが、このアプローチは今後ますます強力かつ迅速になる可能性があります。理由は実にシンプルで「試すコスト」がどんどん下がっているからです。

 ジェレミー・リフキンは彼の著書『限界費用ゼロ社会』において、あらゆるモノやサービスの価格が低下しており、これまで一定程度以上の資本投下をしなければ「試す」ことすらできなかったチャレンジの敷居が著しく低下していると述べています。

 限界費用が低下し、「試す」ためのコストがどんどん低下すれば、今後の世界ではますます「戦略的な計画」よりも「意図された偶発性」の方が、最終的により良い成果に結びつく可能性が高まることになります。