生物とは何か、生物のシンギュラリティ、動く植物、大きな欠点のある人類の歩き方、遺伝のしくみ、がんは進化する、一気飲みしてはいけない、花粉症はなぜ起きる、iPS細胞とは何か…。分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語る『若い読者に贈る美しい生物学講義』が11月28日に発刊されて、発売4日で1万部の大増刷となっている。

養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」と各氏から絶賛されたその内容の一部を紹介します。

「花粉症」を引き起こす抗体のはなしPhoto: Adobe Stock

数十億ともいわれる抗体の種類

 私たち脊椎動物には、自然免疫に加えて獲得免疫もある。病原体が体に侵入したら、ただちに働き始める自然免疫と違い、獲得免疫が働き始めるまでには、数日かかる。でも、働き始めるまでにこんなに時間がかかる免疫なんて、意味がないのではないか。

 たとえば大腸菌は、条件がよければ約20分に1回分裂する。単純に計算すれば、1時間で8倍になり、半日で約700億倍になる。実際にはここまで増えないにしても、獲得免疫が働くまでのんびり何日も待っていたら、そのあいだに私たちの体は病原菌だらけになって、死んでしまう。自然免疫のように、病原菌が侵入してきたら素早く対処してくれないと困るのだ。

 それなのに、なぜ私たちには獲得免疫なんてものがあるのだろう。その理由は、病原体を除去する力が強いからである。

 病原体にはさまざまな種類がある。自然免疫も病原体の種類を見分けるけれど、その数はせいぜい数十種類だ。それに対して獲得免疫が見分ける病原菌の種類は、ものすごくたくさんある。数十億種類ともいわれている。見分けられる病原体の種類がこれだけ多ければ、どんな病原体が体内に侵入してきても対処できるだろう。

 獲得免疫にもいくつかの種類があるが、代表的なものは抗体だ。これは、獲得免疫を担当するB細胞(という白血球)が作るタンパク質(免疫グロブリン)で、抗体が病原体に結合することによって、病原体を攻撃する。

 具体的には、抗体が病原体を囲んで活動できなくしたり、病原体同士をつなげて沈殿させたり、病原体に結合した抗体によってマクロファージが病原体を食べやすくしたりする。マクロファージは白血球の一種で、アメーバのような動きをして病原体などを食べる細胞である。

 このような抗体の種類が、数十億種類もあるといわれているのである。しかし考えてみると、これは変な話だ。

 遺伝子の定義は難しいが、ここでは1つのタンパク質を作るためにアミノ酸を指定している部分を、1つの遺伝子と考えよう。つまり、1つの遺伝子が1つのタンパク質に対応するわけだ。その場合、ヒトのDNA上の遺伝子は、約2万個になる。

 ところで抗体は、免疫グロブリンと呼ばれるタンパク質である。1つの遺伝子から1つのタンパク質が作られるはずだから、遺伝子が2万個しかなければ、タンパク質は2万種類より少ないはずである。それなのに、どうしてこんなにたくさんの種類の抗体が存在するのだろうか。