2019年11月に刊行された『共感資本社会を生きる』が若い世代を中心に、じわじわと反響を呼んでいる。著者の新井和宏氏(株式会社eumo代表取締役)と、高橋博之氏(株式会社ポケットマルシェCEO)は、今の世の中で生きづらさを抱える人々の根底にあるのは、「選択肢」がないことだと指摘する。経済合理性を追求する社会のかげで、規格外の烙印を押されて置き去りにされてきたものは、少なくない。新井氏と高橋氏は、「お金」と「食」というそれぞれ違うフィールドから、「共感資本」でつながる社会に変えていこうとしている。私たちは本当に大切なものを大切にできているだろうか? 刊行を記念して行われた2人の対談で、今の日本に必要な処方箋が浮き彫りになってくる。(構成:高崎美智子)

若者の自殺、地方の衰退……<br />「社会的不幸」の根っこにある問題は何か?

生産者だって消費者を選びたい

新井和宏氏(以下新井):京都の宮津に「飯尾醸造」というお酢屋さんがあります。京都駅から2時間以上離れていて、行くのは大変ですが、ここのお酢は本物です。日本で唯一、自社の酒蔵でお酒造りから手がけているお酢屋さんで、有機無農薬栽培を50年以上続ける棚田でとれたお米を使っています。棚田を守るために彼らは市場価格の3倍でお米を買い取るんですよ。ちなみにここのリンゴ酢は、「奇跡のリンゴ」の木村秋則さんのリンゴ100%です。木村さんが無名の時から、形が悪くて出荷できないリンゴを買い取っていた有機無農薬仲間だからできることです。

「赤酢プレミアム」という15年物のお酢は、作るのに手間がかかるので、市販できません。そしてこれは、eumoでしか買えない商品です。飲食店で通常のメニューに載っていない、常連さんだけに出す特別なものってあるじゃないですか。そういうものを僕らは作ろうとしているんです。数が少なくて貴重なもの、市場に出回らないおいしいものは、お互いの関係性がなければ食べられないですよね

 なぜ、そういうことをするのか? 「生産者がお金を選べる時代」を作りたいからです。生産者がお金を選べるようになれば、自分たちが作ったものの価値を理解してくれる人を選ぶことができます。それによって生産者の復権ができるんじゃないかと。

 安ければ安いほうがいいという考え方のしわ寄せは、すべて生産者に向かいます。売値が上げられなければ、コストを下げるしかない。まじめにいいものを作っている生産者は、そもそも原価が高いので、市場の競争原理だと負けるんです。儲からない経営者だと言われてしまう。それっておかしいじゃないですか?

 正直者が馬鹿を見るような社会は絶対に作っちゃいけない。工業製品ではないものを工業製品と同じ仕組みにしてしまうこと。僕はそこに問題があると思います。だから、生産者にお金を選べる強さを持ってほしいんです。お客様に現地に買いに来てもらえたら、勝つ可能性はありますから。だから高橋さんは「食」で、僕は「お金」という領域で、本当に大切なものを大切にできる関係性や仕組みづくりに挑んでいます。

高橋博之氏(以下高橋):新井さんがおっしゃるように、生産者がお金を選べない状況ならば、結局は高いお金を払ってくれる人に売るしかないわけですよね。でも、そのお金ってどうやって稼いだの? 信頼できない相手に対して「お前にはいくらお金を積まれても売りたくない」と、生産者が堂々と言えることはすごく大事だと思います。これからは生産者も生活者(消費者)を選ぶ時代です。