野中郁次郎・一橋大学名誉教授Photo by Teppei Hori

知識経営の祖として知られる、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏。野中氏が提唱する組織的な知識創造の枠組み「SECIモデル」では、徹底的な対話で共感することが、知を生むとしている。特集『賢人100人に聞く!日本の未来』(全55回)の#18では、コロナ禍により直接会うことが難しくなった今、SECIモデルを進める方法を取材した。(ダイヤモンド編集部 塙 花梨)

イノベーションを生む環境を
コロナ禍でもつくり出す方法とは

――知識創造の枠組み「SECIモデル」は、個人が持つもやもやした思い(暗黙知)を、集団や組織の共有の知識(形式知)に変換していくものです。まだ言葉になっていない暗黙知を形にするために、必要なプロセスを教えてください。

 SECIモデルは「共感」から始まります。共感とは、簡単に言えば感情移入。人間の本質は、人との関係性の中にあります。主観と客観を分けず、無意識的にも意識的にも共感することが、イノベーションを生む基本です。

――雑談や「ワイガヤ」を生む機会が、コロナ禍により圧倒的につくりにくくなってしまいました。共感を生むためには、顔を合わせることは大事なのでしょうか。

 コロナ禍になって以来、「いかに接触を絶つか」という話になっているけれど、これは本質的な人間の営みに反しています。

 科学的にも、会うことの重要性は証明されています。他者の行為を見て、言葉を媒介にしなくても相手の意図が分かる神経細胞、ミラーニューロンが、人の脳内に存在するのです。人と人は会った瞬間に、お互いが相手の視点を脳の中で再現し、無意識にシンクロするのです。これは、face to faceだから可能なことですね。

――人間は会話をしなくても、本能的にお互いの脳が同調する仕組みになっているんですね。

 乳幼児期の親子は、言葉を介さずにコミュニケーションをして一心同体になっています。やがて言葉を獲得すると、相手を対象化するようになり、自分と他者を区別するようになります。

 相手を対象化するようになっても、忖度せず真剣勝負で、無心になるほど対話をすることが、知を創るのです。私はこの対話を「知的コンバット」と呼んでいます。

 知的コンバットはペアで行うのが理想です。自分にないものを持っている異質な者同士のカップリングが鍵になるんですね。米アップルのスティーブ・ウォズニアックとスティーブ・ジョブズ、ソニーの盛田昭夫と井深大、ホンダの本田宗一郎と藤沢武夫などは、まさにそうですね。イノベーションの源泉には、自分の能力を最大限に生かすことのできるベストパートナーが存在しているのです。

――本当の共感は、知的コンバットから生まれるのですね。リモート環境が定着していても、知的コンバットを成立させることはできるのでしょうか。

 アイリスオーヤマではコロナ禍でも、毎週月曜日にあらゆるチームのリーダーが一堂に会し、新商品の開発会議を、マスクを着けて参加人数を絞り継続しているそうです。1年間で1000もの商品を開発する会議で、開発者本人がプレゼンし、稟議抜きで決裁され、すぐに全員が動きだします。これはまさに、知的コンバットだといえるでしょう。

――やはり、「会って話す」ことが大事なのでしょうか。

 ポイントは「一度でも共感が成立すれば、距離の問題ではなくなる」ということです。