「アップデートする肉」という大発明:牛肉の味を高度に再現した人工肉の秘密photo: getty

米国、中国、インド、欧州、東南アジア、そして日本――世界を代表する50社超の新興企業と、その革新を支える「技術」「ビジネスモデル」を網羅した決定版として話題の、『スタートアップとテクノロジーの世界地図』。今回は同書より、フードテックでトップを走るImpossible Foodsを紹介する。

スタンフォード大学の名誉教授が設立

 食品で環境問題に対峙しようとするスタートアップがある。カリフォルニアに拠点を置くImpossible Foods(インポッシブル・フーズ)だ。2011年にパトリック・O・ブラウンが設立した同社は、植物由来の人工肉を開発・製造するフードテックのスタートアップだ。

 アメリカの大学には、一定期間勤務した教員に長期の研究休暇を与える「サバティカル」という制度がある。医師でもあり、スタンフォード大学で生化学名誉教授として教鞭をとっていたパトリック・O・ブラウンは、2009年にこのサバティカルを18ヵ月にわたって取得。この期間中、畜産業が引き起こす環境問題の研究に費やした。

 畜産業が環境に与える影響は深刻といわれており、中でも牛が排出する温室効果ガスは自動車から排出される温室効果ガスを上回る。また、飼料には膨大な量の穀物と水を必要とする。牛を飼育する目的が食肉・乳製品の確保だとしたら、それに代わる代替品を開発すれば畜産業を縮小させ、環境への影響もなくなるのではないか。ブラウンはこのように考え、Impossible Foodsを立ち上げた。

 同社がもっとも注力するのは、代替肉でいかに牛肉の食感、味わいを引き出すかだ。主原料となるのは大豆やエンドウ豆などの植物性タンパク質だが、牛肉独特の風味を出す原料として同社が用いたのはヘム(ヘモグロビン)だった。ヘムは微妙な金属味をもつ物質で、牛肉の中に感じられる血のような味わいをつけることができる。

 動物性タンパク質を使わないImpossible Foodsの代替肉は、ユダヤ教徒向けのコーシャ、イスラム教徒向けのハラールとして認証を受けており、オーガニック食品などと同じく高品質で地球環境に配慮したエシカル・フードとして注目されている。

Burger Kingの「インポッシブル・ワッパー」は大ヒット

 同社はブランディングにも長けており、スタンフォード大学付近のスタイリッシュなレストランで同社の代替肉を使ったインポッシブル・バーガーを提供。エシカル・フードとしての認知と相まって、ベジタリアンをはじめとする食に対する意識が高い人々に、クールでおしゃれなブランドとして印象づけている。2019年8月には、米ファストフードの大手BurgerKingが、看板商品である「ワッパー」と同じ味わいの「インポッシブル・ワッパー」を発売し、品切れとなるほどの人気を博した。もはや代替肉は普及フェーズを終え、アーリーアダプターが積極的に関与するようになってきている。

 Impossible Foodsの代替肉は、味わいや成分の改善を続け、Ver.1、Ver.2とアップデートを重ねている。「アップデートする肉」という概念は、フードテックならではだ。同社の時価総額は2018年4月時点で2000億円となっている。Khosla Ventures、Google Ventures、Microsoft、UBS(スイス)、シンガポール政府が支援する大手投資企業TemasekなどのVCが投資するほか、人気ラッパーのジェイ・Z、シンガーのケイティ・ペリーなど、バラエティに富んだ面々が支援する。

 現在、アメリカではこうした代替肉の開発・製造が盛んだ。牛肉代替肉で最大の競合となるBeyond Meetは2019年5月にNASDAQ上場を果たしており、ピーク時には時価総額1兆円を越えている。他にも、ジェームズ・コーウェルがOcean Hugger Foodsを創業し、魚の代替食を開発。植物ベースのマグロを開発し、寿司の販売をする。

 フードテックの波はすでに日本にも押し寄せており、大塚食品が2018年11月から大豆を主原料としたハンバーグ状食品「ゼロミート」を発売。東京大生産技術研究所が日清食品と培養肉を共同開発したり、培養肉に挑むベンチャーも現れている。培養肉には再生医療の技術を応用することができるため、日本の強みをいかせる可能性がある。

 代替肉産業は、いずれ畜産農家や精肉業者をディスラプトするだろう。代替肉は温暖化など環境問題解決の一助となるだけでなく、食糧自給率の改善にも貢献する。こうしたフードテックが広がれば、食料安全保障の問題もまた、解決に導かれるかもしれない。