世界を代表する50社超の新興企業と、その革新を支える「技術」「ビジネスモデル」を網羅した決定版として話題の『スタートアップとテクノロジーの世界地図』。その一部を無料公開する連載・第3回のテーマは、アメリカ「GAFA」超えを目指す中国「BATH」の最新状況です。
巨大なマーケットを背景に
GAFA超えを目指す中国の「BATH」
知りたいことがあればGoogleに聞くし、欲しいものがあればAmazonに注文して配達してもらう。誰かとつながりたければFacebookを開けばいい。Appleは高機能なスマートフォンを開発して世界を変えた。アメリカが生んだ巨大企業群GAFAは、今や人々の生活インフラになっている。そこに迫るのが、中国で台頭する「BATH」─Baidu(百度、バイドゥ)、Alibaba(阿里巴巴集団、アリババ)、Tencent(騰訊、テンセント)、HUAWEI(華為技術、ファーウェイ)─の4社だ。
ただし近年では、Baiduに変わって平安保険(PingAng Insurance)の頭文字をとって「PATH(パス)」という言い方も出てきている。また、ニュースアプリの「Touti ao」(今日頭条、トウティアオ)や「TikTok」を運営するバイトダンス。出前の「Meituan」(美団点表、メイトゥアン)、中国版Uberの「DiDi」(滴滴出行、ディディ)という次世代企業をまとめて「TMD」と呼ぶこともある。
ユニコーン企業の数ではアメリカと並ぶ勢いの中国だが、テクノロジーやサービスの内容はアメリカの企業をコピーしたものが多かった。しかし近年は、技術力の向上と国策による企業保護が功を奏し、独自のサービスを展開しはじめた。国内総人口14億人という巨大なマーケットも後押しし、右肩上がりの成長でGAFAに追いつき追い越そうとするのがBATHなのだ。
中国最大の検索エンジンを提供するBaidu、
成長にはかげり
2000年に設立されたBaiduは、インターネット製品やサービスの開発・提供、インターネット広告の販売をおこなっている。最大の事業は、中国最大の検索エンジン「百度」の提供だ。
創業者のロビン・リーは、1991年に北京大学を卒業したあと、ニューヨーク州立大学へ留学。コンピュータサイエンスを学んでいる。同社の検索エンジンは、中国市場において約90%のシェアを占める。世界のマーケットにおいてもGoogleに次ぐ第2位だ。勢いを増した同社は2005年8月にNASDAQへの上場を果たしたが、2019年の第1四半期決算で最終損益が約50億円の赤字を計上、成長にかげりが出ている。Googleが提供する「Google Map」のように、衛星画像やストリートビューが表示できる地図アプリ「Baidu Map」を展開しているが、AI技術はGoogleほどすぐれているわけではない。なお、グループ会社の動画配信の愛奇芸(iQIYI)は勢いがあるとされる数少ないサービスで後述のテンセントが買収を画策している。
強固な決済プラットフォームを携え
Amazonを猛追するAlibaba
世界最大のECプラットフォームAmazonを猛追するのが、クラウドサービスやEC、決済プラットフォームを手がけるAlibabaだ。1999年にジャック・マーが設立した同社は、当初BtoBマーケットプレイス事業を提供していたが、その後、BtoCのマーケットプレイス「Taobao」や、決済プラットフォーム「Alipay」などを次々と展開した。2014年にはニューヨーク証券取引所に上場。IPO時の時価総額はトヨタと同規模の25兆円と史上最大の値をつけ話題となった。
Alibabaが開発した決済プラットフォーム事業は現在では系列会社Ant Group(旧Ant Financial)に引きつがれており、QRや顔認証など幅広い決済方法で中国屈指のシェアを誇る。2020年7月、Ant GroupはIPO計画を発表。香港と上海のハイテク企業向け市場「科創板(STAR)」に同時上場をもくろんでいたが、上場予定日の3日前に中国金融当局からの聴取を受け上場延期を発表。時価総額20兆円、2020年最大のIPOと言われた当初の計画は幻となった。
もともとはAmazonのコピー版だったAlibabaは、幾つかの分野では独自の進化を遂げ、今ではAmazonよりも先んじた決済システムを構築している。レジなし店舗「AmazonGo」を追随する形でレジなしスーパー「フーマー」などを展開。AIやIoTなどの最先端技術を駆使したスマートホテル「FlyZoo Hotel」や、スマートシティ向けのクラウドサービスを立ち上げるなど、独自の事業展開を試みている。
アプリの収益は世界一、
SNSアプリ「WeChat」を提供するTencent
Tencentは1998年、当時26歳だったポニー・マーによって設立された。BATHの中でも特に勢いがあり、成長を続けているインターネット企業だ。
創業以来、SNSやメッセンジャーアプリなどコミュニケーションアプリを展開することからFacebookと対比されやすい同社だが、現在の主な事業は2011年にサービスを開始した無料インスタントメッセンジャーアプリ「WeChat」だ。WeChatは、メッセンジャー機能やSNS機能が統合されたアプリで、日本でも人気のLINEと近い性質を持つ。スマートフォンが普及し、モバイルコミュニケーションが主力になることを見越してアプリの開発に注力した同社は、2017年にはアプリ収益で世界一となった。2013年には決済プラットフォームWeChatPayをリリース、AliPayとともに中国国内の2大決済アプリとなっている。
このWeChatPayを軸に、フードデリバリーサービスや配車サービス、動画配信サイトと連携し、世界に先駆けていわゆる「スーパーアプリ」への進化を遂げている。日本でのYahoo! JapanによるLINEの買収は、このスーパーアプリへの進化を追随していることは言うまでもない。
米中貿易戦争で注目を浴びる
通信機器メーカーHUAWEI
以前はBaidu、Alibaba、Tencentの3大IT企業を「BAT」と呼称していたが、近年、通信機器メーカーHUAWEIの躍進により、「BATH」と呼ばれるに至った。
1987年の創業以来、携帯電話のアンテナやスマートフォン端末の開発・製造を手がけてきた同社は、2019年に折りたたみ液晶のスマートフォンを独自開発したことでも話題になった。技術力が高く、カメラ機能や液晶ではiPhoneを超えているともいわれるが、販売価格は半額ほどに抑えられており世界的にシェアが高い。特に現在整備が進んでいる5G(第5世代移動通信システム)についてはアンテナ、チップともにシェアが大きいが、2018年に起こった米中貿易戦争で、トランプ大統領がHUAWEIへの部品等禁輸措置の大統領令に署名するなど思わぬ形で注目を浴びることとなった。同社が製造する5Gアンテナが細工され、アメリカの情報が盗まれる危険性が指摘されていたわけだ。しかし、HUAWEI製の5Gアンテナは安価であることから、ヨーロッパ諸国では同社製品を導入している国も多く、今後は外交問題の中でどう扱われるかに注目が集まる。
また、米中貿易戦争の結果、Googleは携帯電話のOS「Android」の最新版をHUAWEIに提供することを停止すると発表したが、HUAWEIは対抗して独自のO S「Harmony」を開発している。Googleと同等以上のソフトウェアを開発できるかが世界中から注目されているが、将来にわたり不可能であるとは誰にも断言はできない。