米国、中国、インド、欧州、東南アジア、そして日本――世界を代表する50社超の新興企業と、その革新を支える「技術」「ビジネスモデル」を網羅した決定版、『スタートアップとテクノロジーの世界地図』が発売直後から話題を呼んでいます。その出版を記念し、一部を無料で公開します。

ビジネスを語るなら絶対に知っておきたい「スタートアップのマクロ環境」Photo: Adobe Stock

世界的に活況を呈するスタートアップ界隈

 スタートアップの世界地図を描く前に、まず業界のアウトラインについて解説しよう。

「投資の状況」と「エグジットの状況」を把握しておけば、スタートアップのマクロ環境を理解することができる。なお、エグジット(Exit)とはIPO(株式公開)やM&A(合併・買収)などによってスタートアップへの投資家が利益を手にすることを意味する。

 まず投資の状況を知るために、世界の国別ベンチャーファンドの組成額を見てみよう(図表0-1)。
 2018年のファンド組成額はアメリカが5兆9428億円中国が5兆517億円欧州が大きく離れて1兆4889億円。それに対して日本はわずか2375億円だ。米中のベンチャー投資が活況を呈しているのに対し、日本は投資の規模では足元にも及ばないという状況が浮き彫りになっている。

ビジネスを語るなら絶対に知っておきたい「スタートアップのマクロ環境」

 ちなみにこのアメリカのファンド組成額約6兆円のうち半分の約3兆円近くが流れていくのが、ニューヨークでもワシントンDCでもなくアメリカ西海岸の“シリコンバレー”だ。

 評価額が10億ドル以上の未上場のスタートアップ企業のことを「ユニコーン」と呼ぶ。このユニコーン企業をどれぐらい輩出しているかも、その国のスタートアップ界隈が活況かどうかを見るための指標になる。ユニコーンの数でいうと、アメリカが250社中国は約200社ほどある。欧州はまとめて30社程度インド・東南アジアが50社近く日本は5社程度となっている(2020年10月時点)。

ビジネスを語るなら絶対に知っておきたい「スタートアップのマクロ環境」

 以上の数字だけを見ても、まずスタートアップを知るためにはアメリカ、特にシリコンバレーと中国から学ぶべきということがわかるだろう。半導体ビジネス、インターネットビジネスがバックグラウンドにあるアメリカはソフトウェア開発やサービス開発に一日の長がある。一方、人件費は高騰しているものの相変わらず「世界の工場」という役割を担う中国は、ハードウェアや規制の変更が関係するスタートアップに強い。

 また昨今の中国は一般消費者向けのビジネスも得意としていて、たとえば動画アプリのTikTok(198頁参照)は世界中で利用されるサービスになり、人気が高まり過ぎたためにアメリカ政府から分割の要請があったほどだ。

 中国といえば、以前は他国のビジネスをコピーする国という印象が強かったが、いまは中国オリジナルの面白いビジネスが続々と登場している。アメリカと中国をウォッチしておけば、BtoC(消費者向け)ビジネスの未来を知ることができるだろう。

老舗企業の時価総額を超える企業がわずか数年で誕生する

 「エグジットの状況」を見る数字としてIPOの件数やサイズも把握しておきたい。

 予定していた上場を撤回し、企業価値が激減したWeWorkショックが原因となってスタートアップ投資は若干の減速をみたものの、アメリカのIPO数は213件(2019年)といまだ過去最高を維持し続けている。かたや、同年の日本のIPO数は86件。しかも日本と異なり、アメリカではIPOに辿り着く前に買収されることが多いのだ。さらにアメリカではネットバブルの頃と比較すると健全な財務体質の会社がIPOしているので、スタートアップ界隈の勢いは増していると考えてよいだろう。

 また、数兆円規模の大型上場が増加している傾向にも注目したい。2019年5月、配車アプリのUberは時価総額7兆円でIPOした。そのときのホンダの時価総額は約5兆円だった。IPOによって、日本の老舗企業の時価総額を簡単に超えるような企業が突如登場しているのである。

 ちなみに現在時価総額100兆円を超えるAlphabet(Googleの親会社)の上場時時価総額は200億円~300億円程度だった。上場後の急速な成長も、昨今のIPOを語るうえでは忘れてはならないポイントだ。

ポイントはCVC活況、急速な国際化

 ここ数年のスタートアップ周辺の状況としては、Corporate Venture Capital(CVC)が増加していることもポイントだ。筆者の肌感覚ではあるが、シリコンバレーでは過去の2倍~3倍のCVCが設立されているように感じる。既存の大手企業がイノベーションを起こそうと、全業種の企業がスタートアップに出資したがっている状況なのだ。

 このようなスタートアップ投資の活況の背景には、2008年に起きたリーマン・ショックがある。金融危機によって行き場をなくした投資資金が、2010年以降AIやフィンテックなどの新しい分野に流入した。これは過度な期待であり、ややもするとバブルにつながりかねないが、産業構造自体が変化しているので、この活況をうまく活用して既存の大企業を追い抜く新興企業も、続々と登場するだろう。

 ビジネスの国際化が急速に進むようになったことも、スタートアップの急成長に寄与している。以前はTikTokのように、中国発のサービスがアメリカをはじめ世界中でヒットするということは考えられなかった。しかしスマートフォンの普及のおかげで、面白いもの、よいものは国境を越えて世界中に一気に広がるようになったのだ。

 ある製品・サービスが5000万人のユーザーを獲得するのにどれぐらいの時間がかかったかを比較してみると、その期間が急激に短くなっていることに驚かされる。5000万人のユーザーを獲得するのに、航空機は68年、自動車は62年かかった。コンピュータは14年、携帯電話は12年だ。しかし2016年7月にスタートしたスマホゲーム「ポケモンGO」はたった19日間でそれを達成している。

ビジネスを語るなら絶対に知っておきたい「スタートアップのマクロ環境」

 こうした爆発的な普及の要因となるのが、ネットワーク効果(正の外部性)だ。電話機が良い例だが、使いやすいものが一定数のユーザーに使われることによって便利さが高まると、その普及速度が飛躍的に上がる。近年ではGoogleが登場したとき、検索の覇者であった米Yahoo!からあっという間にシェアを奪った。同じことが電気自動車でも起きつつある。まだ日本では整備や充電ステーションの数が少ないが、いったん電気自動車が広がり始めると、整備所や充電ステーションの数が増えるため、一気に普及することになる。

 短期間で国境を越えて爆発的にサービスを広げることができるのは、2020年代のスタートアップビジネスの特徴といえるかもしれない。

 大型化、急成長、国境を越えた急拡大……。私たちが知らないところで、新しいビジネスの芽が生まれ、既存のビジネスの地図を塗り替えようとしている。私たちなりの地図を描くためにも、どのようなテクノロジーが登場し、どのようなビジネスが生まれようとしているのかを注意深く窺っていく必要がある。