矢野博丈

矢野博丈

大創産業会長

1943年(昭和18年)中国・北京生まれ、67年中央大学理工学部二部土木学科卒業。卒業後は妻の家業の養殖業のほか、出版社の営業、ちり紙交換屋、など9回の転職を経験し、移動販売業に落ち着く。72年「矢野商店」設立、77年「株式会社大創産業」設立。以降、46年にわたり社長を務め、100円均一ショップ「ダイソー」を売上高4,200億円超の規模までけん引した。2018年3月1日より会長に就任。

【追悼】ダイソー創業者・矢野博丈氏「自分は不運、こんな会社すぐ潰れる」と疑い続けた弱気人生
矢野博丈
100円ショップ「ダイソー」を展開する大創産業の創業者である矢野博丈氏が、2月12日に亡くなりました。80歳でした。追悼の意を込めて、矢野氏ご自身がダイヤモンド・オンラインに寄稿した連載の第1回の会員限定記事を、全ての読者へ公開します。「100円均一」のビジネスモデルが誕生した意外な瞬間や、「自分は不運」「こんな会社すぐ潰れる」と疑い続けた人生を矢野氏が自ら振り返った貴重な記事です。
【追悼】ダイソー創業者・矢野博丈氏「自分は不運、こんな会社すぐ潰れる」と疑い続けた弱気人生
最終回
ダイソー矢野会長「100均での買い物ほど贅沢な体験はない」
矢野博丈
2018年3月に社長職を息子に譲った大創産業の矢野博丈会長。体力の限界を感じたと言うが、今も商品の企画品を手に取ると目の色が変わる。働き者としての哲学と、今後の展望を聞いた。
ダイソー矢野会長「100均での買い物ほど贅沢な体験はない」
第3回
ダイソー、利益1円でもメーカーが日参する「規模の力」の凄まじさ
矢野博丈
高度成長期の仕入れ値高騰に苦戦し、デフレ期も売価の上限が「100円」に決まっている中で価格を据え置いたまま、ダイソーが100均商売を続けてこられた理由とは。大創産業矢野会長が語る連載第3回。
ダイソー、利益1円でもメーカーが日参する「規模の力」の凄まじさ
第2回
ダイソー創業者・矢野博丈が前言撤回して息子を社長にした理由
矢野博丈
この3月、息子に社長を譲って会長に就任した大創産業矢野会長。経営者としての強みを聞くと「ない。しかし、とにかく一所懸命働くという点では、他の経営者にも負けていない」と答えます。
ダイソー創業者・矢野博丈が前言撤回して息子を社長にした理由
第1回
ダイソー矢野会長「自分は不運、こんな会社すぐ潰れる」と疑い続けた弱気人生
矢野博丈
東広島市西条に本社を構える大創産業を創業した矢野博丈会長は、バラエティグッズの短剣を携えて取材に登場した。来客には次々といたずらを仕掛け、客も派手にリアクション。従業員を見かければ、絡む、絡む。ふいに取り出したペンライトで照らす先には「ちょっといいですか」の文字が浮く。今月の主筆は、大企業の経営者にはなかなか見られないユニークな逸材に迫る。
ダイソー矢野会長「自分は不運、こんな会社すぐ潰れる」と疑い続けた弱気人生
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