神立尚紀
「それ以来、日本人というものが信じられなくなった…」終戦後の広島で目にした愕然とする光景
真珠湾攻撃において第二次発進部隊制空隊で指揮官を務めていた、元少佐の故・進藤三郎(しんどう さぶろう)さん。取材嫌いの進藤さんだったが、生前、海軍兵学校時代からのクラスメートの紹介で特別にインタビューを受けてもらうことができた。戦後80年の今、彼が当時語ってくれた戦争への想いを振り返る。※本稿は、ジャーナリストの神立尚紀『零戦搭乗員と私の「戦後80年」』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

「零戦が令嬢なら紫電改は…」元パイロットが証言した2つの戦闘機の決定的な違い
真珠湾攻撃以来、海軍機動部隊の零戦隊を率いて戦果を重ねてきた元海軍少佐の故・志賀淑雄(しが よしお)さん。他の零戦搭乗員の多くから慕われてきた彼が生前、自身の戦争体験を語ってくれた。※本稿は、ジャーナリストの神立尚紀『零戦搭乗員と私の「戦後80年」』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

終戦3日後に紫電改で出撃!「玉音放送の後」に勃発した横須賀海軍航空隊の〈最後の空中戦〉
「何しに来たの?取材って嫌いなんだよね」真珠湾攻撃以来歴戦の零戦搭乗員だった故・小町定(こまち さだむ)さんの元に生前訪ねたところ、ジャーナリストの著者はそんな言葉をかけられた。ぶっきらぼうな口調の小町さんだが、取材を重ねているうちに心を開いてくれるようになった。※本稿は、ジャーナリストの神立尚紀『零戦搭乗員と私の「戦後80年」』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
