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神立尚紀

フォトジャーナリスト

1963年、大阪府生まれ。日本写真家協会会員、東京工芸大学非常勤講師。NPO法人「零戦の会」会長。日本大学藝術学部写真学科卒業。1986年より講談社「FRIDAY」専属カメラマンを務め、主に事件、政治、経済、スポーツ等の取材に従事する。1997年からフリーランスに。1995年、日本の大空を零戦が飛ぶというイベントの取材をきっかけに、零戦搭乗員約300人、旧軍人や遺族等関係者を合わせると500人以上の貴重な証言を記録している。著書に『太平洋戦争の真実』『戦士たちの遺言』(いずれも講談社ビーシー)『証言零戦生存率二割の戦場を生き抜いた男たち』『証言零戦大空で戦った最後のサムライたち』『証言零戦真珠湾攻撃、激戦地ラバウル、そして特攻の真実』(いずれも講談社+α文庫)、『祖父たちの零戦』(講談社文庫)、『太平洋戦争運命の瞬間』『太平洋戦争空白の史実』『零戦隊長二〇四空飛行隊長宮野善治郎の生涯』(いずれも潮書房光人新社)、『特攻の真意大西瀧治郎はなぜ「特攻」を命じたのか』(文春文庫/光人社 NF 文庫)などがある。

「それ以来、日本人というものが信じられなくなった…」終戦後の広島で目にした愕然とする光景
神立尚紀
真珠湾攻撃において第二次発進部隊制空隊で指揮官を務めていた、元少佐の故・進藤三郎(しんどう さぶろう)さん。取材嫌いの進藤さんだったが、生前、海軍兵学校時代からのクラスメートの紹介で特別にインタビューを受けてもらうことができた。戦後80年の今、彼が当時語ってくれた戦争への想いを振り返る。※本稿は、ジャーナリストの神立尚紀『零戦搭乗員と私の「戦後80年」』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
「それ以来、日本人というものが信じられなくなった…」終戦後の広島で目にした愕然とする光景
「零戦が令嬢なら紫電改は…」元パイロットが証言した2つの戦闘機の決定的な違い
神立尚紀
真珠湾攻撃以来、海軍機動部隊の零戦隊を率いて戦果を重ねてきた元海軍少佐の故・志賀淑雄(しが よしお)さん。他の零戦搭乗員の多くから慕われてきた彼が生前、自身の戦争体験を語ってくれた。※本稿は、ジャーナリストの神立尚紀『零戦搭乗員と私の「戦後80年」』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
「零戦が令嬢なら紫電改は…」元パイロットが証言した2つの戦闘機の決定的な違い
終戦3日後に紫電改で出撃!「玉音放送の後」に勃発した横須賀海軍航空隊の〈最後の空中戦〉
神立尚紀
「何しに来たの?取材って嫌いなんだよね」真珠湾攻撃以来歴戦の零戦搭乗員だった故・小町定(こまち さだむ)さんの元に生前訪ねたところ、ジャーナリストの著者はそんな言葉をかけられた。ぶっきらぼうな口調の小町さんだが、取材を重ねているうちに心を開いてくれるようになった。※本稿は、ジャーナリストの神立尚紀『零戦搭乗員と私の「戦後80年」』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
終戦3日後に紫電改で出撃!「玉音放送の後」に勃発した横須賀海軍航空隊の〈最後の空中戦〉
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