青山和弘
「新しい元号、こっそり教えて!」娘のおねだりに平成おじさんがニッコリ「じゃあ優ちゃんにだけ。新しい元号は…」
1989年1月7日、昭和天皇が崩御した。「訂正官房長官」と揶揄されていた「平成おじさん」こと小渕恵三だが、決して失敗の許されない会見対応に追われることになる。そして、国民の注目が一身に集まる新元号「平成」の発表……。1日に2つの大役を担った父の姿を、小渕優子が振り返る。※本稿は、衆議院議員の小渕優子著、政治ジャーナリストの青山和弘編『わたしと父・小渕恵三』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

「スグカエレ、ハハ」小渕恵三が母からの緊急連絡をスルーした意外な理由
第84代内閣総理大臣を務めた小渕恵三だが、その素顔は普通の文学青年で、性格も政治家には不向きなほど優しかった。その人柄を象徴するのが、「政治家の仕事はまっぴらだ」とこぼし、娘にも一度たりとも「政治家になれ」と勧めなかったというエピソードだ。自身も同じ政治の道を選んだ小渕優子が、父・小渕恵三の実像を語る。※本稿は、衆議院議員の小渕優子著、政治ジャーナリストの青山和弘編『わたしと父・小渕恵三』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

悪ノリしすぎでしょ…「冷めたピザ」を持参した週刊誌に小渕恵三が見せた「まさかの対応」
総理就任当時、「凡人」「冷めたピザ」と世界中から揶揄された小渕恵三。しかし、心ないバッシング記事を書いた記者には「ありがとう」と電話をし、無礼な取材にも怒ることなく、あえて鈍感であり続けたという。批判の声を楽観的に、そしてユーモラスに受け流す父の真意を、小渕優子が述懐する。※本稿は、衆議院議員の小渕優子著、政治ジャーナリストの青山和弘編『わたしと父・小渕恵三』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
