小渕恵三 Photo:SANKEI
第84代内閣総理大臣を務めた小渕恵三だが、その素顔は普通の文学青年で、性格も政治家には不向きなほど優しかった。その人柄を象徴するのが、「政治家の仕事はまっぴらだ」とこぼし、娘にも一度たりとも「政治家になれ」と勧めなかったというエピソードだ。自身も同じ政治の道を選んだ小渕優子が、父・小渕恵三の実像を語る。※本稿は、衆議院議員の小渕優子著、政治ジャーナリストの青山和弘編『わたしと父・小渕恵三』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
太宰治を愛し政治には
興味のなかった小渕恵三
祖父が亡くなった当時、父は早稲田大学の1年生で21歳。まだ被選挙権はありません。しかし祖父の後継を決めなければならない状況の中で、事業(製糸工場)は長男に継がせ、政治は次男、つまり父に継がせるということでまとまりました。
父は多分、祖父が急逝するようなことがなければ、政治家になる、といったことは考えなかったのではないかと思います。父は落選を重ねる祖父の姿を見て「家族にとってもものすごくつらいことだった。こういう仕事はまっぴらだと思った」と振り返っています。
「代議士になってなかったら、新聞記者か小説家になっていた」とも。
実際、早稲田大学では政治経済学部ではなく、第一文学部英米文学科を選択していました。太宰治が好きな、おとなしい文学青年だったといいます。
父がなぜ太宰治が好きだったのか。父は総理大臣当時に行われた月刊誌「中央公論」(2000年3月号)での故・司馬遼太郎さんの奥様・福田みどりさんとの対談の中で、こう明かしています。







