今回取材させていただいた行田の足袋屋さん、「きねや足袋」さんですが、たまたまそこもランニングシューズを開発中だったんです。こちらが小説のコンセプトを話したら、「実はうちも考えているところなんですよ」と。思わぬ偶然にびっくりしました。

「モデルがあるから書けるんだ」「どこかにモデルがいるに違いない」と考える方が多いようですが、モデルがなくても書けるのが作家です。

――取材もあまり行わず、モデルもない中で、リアリティある登場人物を描くコツはありますか。

 登場人物が本当に存在しているリアルな人だと思って書くことですね。

 『陸王』では、職人気質を持つシューズマイスターの村野尊彦という男が登場します。主人公の宮沢が資金難に陥ったとき、はたして村野はどういう行動をとるのか。宮沢を助けるのか、それとも選手側に立つのか。そこは、読者と同じで、僕自身も書いてみないとわからない。「そもそも、この人はどういう人なのか」と思いを巡らせ、キャラクターと向き合って考えていくしかない。そこがいちばん難しいし、書いていていちばん面白いところでもあります。

『陸王』
池井戸潤 著
(集英社 1700円)
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――『陸王』のテーマでもある「老舗ののれんの価値」について、池井戸先生ご自身はどうお考えですか。

 老舗であるということ自体は、ただ長くやってきたということでしかないと思います。でも、最初は老舗も駆け出しの会社だった。今の経営者がそういうことをわかっているかどうかが大事だと思います。いかにして、それを守れるか。

 老舗だからといって同じことをやっていればいいのではなく、何か新しい挑戦をしていないと、やがて衰退していくでしょう。今の状況や技術に照らし合わせて、もっとよくなるのであれば変えていくという積極的な姿勢がないと。

 もはや看板だけで食えるような時代ではありません。評判など油断すればあっという間に劣化します。何か小さなことでもいいから、挑戦している会社しか生き残れない感じがします。それは作家も同じですが。

 何か新しいこと、でも、それがのれんとあまりにかけ離れたことでは受け入れられないでしょうから、お客さんとの間合いを見ながら、新しいことをやっていく。そういう「賢さ」が、商売には必要だと思うんです。

――最後に、「ダイヤモンド・オンライン」の読者に多い、ビジネスパーソン向けにメッセージをお願いします。

 小説は、エンターテイメント。仕事が忙しいときなど、あくまで息抜きの娯楽として、楽しんでいただければと思います。