「資本も技術も何もいらないという点ではてっとり早い商売だ。土地も借り物、店舗もリース、商品は工業生産で、店員は売るだけ。だったら、君の持ち味はどこに出せるのかね?根無し草の商売はするな」

 事業の先が読めずに悶々としていた頃、中田氏は中川氏に「寿チェーンに加入させてほしい」と頼んだこともあるそうだ。しかし、中川氏はこう言って、その頼みをはねつけた。

「お前の本業はもやしだ。お前はそれにこだわれ。とことんもやしで行くんだ。よそ見をするな。お前はもやしで光明を見出すんだ」

 28歳の時に父親が脳梗塞で倒れ、何の準備もないまま社長になった中田氏にとって、それはとてもありがたい経営指南だったに違いない。右も左もわからぬ状況だった中田氏に、金融機関との付き合い方や商売のノウハウを教えてくれたのも、この中川氏だった。

 残念ながら、中川氏自身が経営していたラーメンチェーン店はすでにない。しかし、その出会いは形を変えて「サラダコスモ」へとつながっていったことになる。

夢は「スカッとさわやかに」!?

「じつは、ラムネを配達していた時から、私はずっとあのコカ・コーラのCMのようにスカッとさわやかでいたいな、と思っていました」

――(スカッとさわやか?)

Photo by T.U.

「ラムネをやっている間は、敵の飲み物なんか飲むものかって言って、絶対にコカ・コーラを口にしませんでした。でも、配達をしている間、車中でラジオを聞いていますと、コカ・コーラのテーマソングが流れてくるわけですよ。流行りのグループサウンズなんかも、みんな歌っていましたからね。それを朝から晩まで聞いていますと、こっちも無意識のうちにコカ・コーラの歌を口ずさむようになってしまう。これはもう、勝ち目はないなと思いました」

 それから約40年。ブランディングの世界的王者とも言えるコカ・コーラをある種のお手本にして、中田氏は歩んできた。

「規模も分野も目指す方向性もまったく違うため、ライバルと言ってはおこがましいのですが、『サラダコスモの商品を選びたい』とお客様に思っていただくことが大事だと教えてくれたのが、コカ・コーラだったと今は思っています」

 中田氏は、今後も「安全・安心」を心に留めつつ、野菜界のブランディング王者を目指して進むつもりだ。