ユニバーサル・スタジオ・ジャパンをV字回復させたマーケター・森岡毅氏とコルクの佐渡島庸平氏(twitter:@sadycork)の対談、第3回。

勘やセンスに頼りがちなエンターテイメントの世界で、マーケティングをいかに行えばいいのか。二人の対話は続きます。

(文:佐藤智、写真:塩谷淳) →第1回から読む

世界観を広げるときの適正な投資とは

佐渡島 『ハリー・ポッター』も『ONE PIECE』も、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)で世界観を広げていますよね。すごいなと思いつつ、投資額が大きいのではないか、とも思って。

森岡 はい。

佐渡島 私の場合は、新人作家を発掘するときに、その新人作家の中に「世界観」があるかどうかを重視します。その世界観は、現実と似ているほうが面白くて、その現実と似ているという重要な要素としては、「悲しみ」があるんです。世の中には、苦しんでいる人間やもがいている人間がたくさんいる。そういう世界観が作品にあるかどうかが大事。

 たとえば、『宇宙兄弟』には、そうした感情を持ったいろいろな人間が出てきます。そして、作家によってその世界観をどのように表出していくのが適しているかを考えていきます。三田紀房さんだったら、ビジネスの切り口から世界観を伝えていくのがいい。小山宙哉さんだったら、「『宇宙兄弟』の世界観の中にある何を取り出すと、世の中に伝わるだろう?」と考える。

 それで、グッズとしてヘアピンを作ったんですよ。実は私たちも、世界観を投影したとはいえ、ヘアピンがあんまり売れると思わなかったんですよ。しかし、ファンにアンケートを取ったら、みんな「欲しい」というので作ってみたのです。

森岡 小山さんの作品でヘアピン?

佐渡島 そうなんです。『宇宙兄弟』の中で、脇役の女性キャラクター・北村が妹から宇宙に行く時にヘアピンをプレゼントされるんです。それで、そのキャラクターがピシッとする気持ちのときにヘアピンをするっていうエピソードがあるんです。それに紐付いたヘアピンをグッズとして作りました。

森岡 なるほど。

佐渡島 「ファンの人が、そのヘアピンを欲しいと言っているのでグッズのひとつめはヘアピンを作りたい」と言い出したスタッフがいたんです。私は、「えぇーっ?」と思ったんですけれど、女性視点の意見というのもあって、「いいよ」と許可しました。とはいえ、『宇宙兄弟』に出てくる感じの天然石で作った惑星っぽいヘアピンをこだわって作ったら、すごく高くなっちゃって、3個で5400円になっちゃったんです。

森岡 すごいですね(笑)。

佐渡島 「これ、売れるのかなぁ」と不安になったので、「200個だけね」とか言って作って(笑)。「もう全部残っても仕方ないや」と思っていたんです。そうしたら、瞬殺。即完売でした。

森岡 わぁ、すごいなぁ。

佐渡島 そのあとも再生産したんですけど、天然石にこだわったので、そこまでたくさんは作れなくて。

 振り切ったものは、消費者に響くんですかね。

佐渡島 購入した人は、大切な日にそれを付けて、ピシッとした気持ちになりたいと思っているんですよね。男性ファンはネクタイピンとして使ってくれていて、結果的に私たちは「ピシッとした気持ち」を売っていたんですよ。

森岡 そうですね。みんなが買ったのは、ただのヘアピンじゃないんですね。

佐渡島 はい。このヘアピンの販売から学んだことは、世界観を出していくと購買につながるということ。ただし、現状の僕らの分析の仕方だと、その売り方はいくつ売れるのかがまったく想像つかないんですよ(笑)。だから、アイテムを販売するときは、常に「どんな気持ちもセットで届けているのか」を考えているのですが、毎回そう簡単にいくわけもなく。

森岡 わかります、わかります(笑)。

『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(森岡毅・今西 聖貴/KADOKAWA)

 それはアナリストを持てる余裕があれば、解決する問題かもしれませんね。データベースを蓄積していって、そこにファンのデータベース(ファンパネル)を設けるんです。

 まずは、三田紀房先生など大きいブランドから作っていくのが良いと思います。購買意欲を調査して、そのスコアと実際の現実値っていうものを見立てていきます。このようにベンチマーキングをどんどんしていく。簡単に言うと、新たな商品がヘアピンよりも売れるかどうかを見極めていくわけです。2つ目、3つ目とデータを集めていくにつれて、だんだんと精度が上がっていくはずです。

佐渡島 なるほど。

森岡 しかし、この方法にはひとつだけ弱点があるんです。それは、過去のデータでわかりえた文脈と、その世界から弾き出された結果なので、本当のアウトライヤーは予測できないということです。

 たとえば、過去のデータから消費者がどの程度興味があるか予測できればいいんですけれど、本当に見たことがない“ニュー・トゥー・ザ・ワールド”の商品だった場合には、ベンチマークはできないですよね。そういうのが、一番投資的には危ない。

 で、それをどう管理するのかというと、大きくはずさないようにするしかないんです。できるだけ消費者が買う文脈に近いものを作り、実際消費者が買うものに近い状態で見せる。考えてリスクを減らしていくしかないので、結局答えがビンゴで出ることはほぼないんです。