こうした安倍政権の低迷を背景に、「今のうち」に解散したいと考える理由がいくつか出てきている。普通に行けば、今の衆議院議員の任期は2018年の12月までだが、支持率が下がってしまう前に選挙をやってしまおうというわけだ(そんなことは口が裂けても言えないだろうが)。

 今回の補選の結果からもわかるように、民進党の蓮舫新体制はさほど勢いづいているようには思えない。福岡に至っては民進党が惨敗だった。だが、共産党との選挙協力が侮れないことは、夏の参院選や前述の新潟県知事選挙でも明らかであり、場所によっては勢いを見せるかもしれない。「民進党の勢いが本格化する前に選挙を終えたい」と思うのは選挙戦略上、自然だ。

 しかも、来年の通常国会で衆議院の定数削減案が提示される可能性があり、定数を減らされる府県にとってはその前に選挙を終えておきたい。今年の夏には東京都議会議員選挙があるので、そことは時期を重ねたくない。新党設立も噂され、今月末には政治塾の立ち上げも表明している小池百合子都知事がどう出てくるかわからないし、選挙に必要なお金や労力も厳しい。そうなると、実はもう解散をやるとすれば、この年末年始くらいしかないのである。

 2020年の東京オリンピックまで安定政権を続行させるためにも、2017年の頭に衆議院を解散するという選択肢は極めて現実的と言える。

屁理屈感が強い衆議院解散
安倍総理は「伝家の宝刀」を抜くか

 だが、最後にあえて筆者は言っておきたいことがある。

 そもそも、原則として、国会は国の最高権力機関であり、有権者が選んだ議員を行政が一方的にクビにすることは、議会民主制を否定することになる。

 ただ、唯一憲法上明確に定められた例外は、国会が内閣不信任案を議決した場合(または信任案を否決した場合)である。その場合、内閣は対抗手段として衆議院を解散することができるとされている。

 例えば、かつて1948年12月23日、吉田茂総理は衆議院を解散した。だが、この時は内閣不信任案が可決していないのに一方的には解散することができないとの解釈をGHQがとったため、与野党で示し合わせて不信任案を可決し、衆議院を解散した。これが世に言う「馴れ合い解散」である。

 ところが、今では、少なくとも21世紀に入ってからは、衆議院議員が4年間の任期を迎える前に与党によって行われた一方的な解散ばかり。その憲法上の根拠とされているのが、7条3項の「内閣の助言と承認により天皇が行う国事行為」である。衆議院が解散されると、議員たちは「万歳」と叫んで両手を挙げるが、「万歳」とは本来、中国で皇帝に対して使う賛辞の言葉であり、解散が天皇の行為であるが故に行われている。だが、この条項を根拠にするのは正直、屁理屈感が強いと個人的には感じている。

 果たして、それでも安倍総理は「伝家の宝刀」を抜くのか。

 東京と福岡の有権者の審判が安倍総理を悩ませる。

 いずれにせよ、決戦の日は刻々と近づいている。