17歳の女子高生・児嶋アリサはアルバイトの帰り道、「哲学の道」で哲学者・ニーチェと出会って、哲学のことを考え始めます。
ゴールデンウィークの最終日、ニーチェは「お前を超人にするため」と言い出し、キルケゴールを紹介してくれるのでした。
ニーチェ、キルケゴール、サルトル、ショーペンハウアー、ハイデガー、ヤスパースなど、哲学の偉人たちがぞくぞくと現代的風貌となって京都に現れ、アリサに、“哲学する“とは何か、を教えていく感動の哲学エンタメ小説『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』。今回は、先読み版の第20回めです。
やはり、ニーチェがちょっと変わっているというだけのことはあった。
ニーチェとの出会いからはじまった、不可思議な出来事。私もニーチェに影響されて、少しはものごとを深く考えるようになったと思うが、正直まだ自分で考えるというよりも、ニーチェの考えに影響されているにすぎない。目の前の不思議な現実を受け入れることがやっとという段階だ。
「キルケゴール君が着いたようだ、おーいこっちだ、こっち」
ニーチェは横断歩道を挟んだ向こう側に彼を見つけたようで、大きく手を振った。すると、横断歩道の向こう側に立つ明らかに一人だけ浮いた、異常な格好をした男性がこちらに向かって軽く会釈をした。
「ちょっと待って、ニーチェ。キルケゴール君ってあの……」
「そうだ、よくわかったな、あいつだ」
「えっ見るからにあの人怪しいよ。夏なのにロングコート着ているし、あんなマジシャンみたいな帽子かぶっている人、ティム・バートンの映画でしか見たことないよ。コスプレ?ハロウィン?」
やはり、ニーチェがちょっと変わっているというだけのことはあった。
気温が二十五度を超える夏日にもかかわらず、真っ黒のロングコート、真っ黒のタートルネック、真っ黒のパンツという全身黒ずくめのファッションに身を包み、マジシャン風の大きなシルクハットをかぶった男性が立っている。
シルクハットを深くかぶっているので顔までははっきり見えないが、かもしだす雰囲気は「変人」そのものである。周囲の人もいかにも怪しいものを見る目つきでチラチラと見ている。
「ニーチェ、あの人やっぱやばそうだよ。周りの人もキョロキョロ見てるし」
「大丈夫だ、慌てる必要はない」
「けどほら、いまあの女子高生の集団に隠し撮りされてたよ」
「彼は人気者だからな……大目に見るのだ」
「もう、適当に答えないでよ」
そうこうしているうちに信号が青に変わり、大きなシルクハットに真っ黒のロングコートを羽織った奇抜な格好の彼がこちらへと駆け足でやって来た。
「おーい、キルケゴール君、久しぶりだな」
「ニーチェさん、ちょっとここではあれなので、裏にある喫茶店に行きましょう。さっ急いで」
「おお、そうだな、早く移動しよう」
二人はそのまま早足で、裏通りへと向かった。
二人が何をそんなに急いでいるのか、意味がわからなかったが、私も早足で二人のあとを追い、男が指定した喫茶店へと向かった。
たどり着いたカフェは、高瀬川が静かに流れる木屋町通にポツンと立っていた。昭和感溢れるレトロな木造のドアを引くと、中の様子は外観とうって変わり、海に沈んだ洋館を思わす幻想的な雰囲気であった。
店の照明はブルー色で統一されており、魚こそいないものの、水の中にある洋館のようであった。店内はオルゴール調のBGMがかかっており、コーヒーを沸かす、コポコポという音と交わりメルヘンチックな雰囲気をかもしだしていた。その音は、まるで水中で息をしている音のようで、より幻想的な気分へと私たちを誘った。
絵画やアンティークが、白で統一された壁一面に飾られており、それらを妖しいブルーの光が照らし出している。私たちは細い階段を上がり、二階のファー席に座った。