知恵を絞り、鶴醤をつくるための原料である濃口醤油を「新桶初搾り」という形で桶代を原価にのせて売ることにした。それでも会計上の償却期間である10年償却できるものではない。

「償却できる、できないの問題ではないんです。そうするよりしかたないです。わたしがこうして醤油をつくれているのはご先祖がいい桶をつくってくれたおかげなんですから」

 和食がユネスコの無形文化遺産に登録された時、世の中は祝祭ムードに包まれた。しかし、文化遺産に登録されるということは、それが保存しなければいけないほどの状況に陥っているということなのだ。木桶プロジェクトは無形文化遺産になった和食の根幹を支える試みだ。

「樽桶は江戸の初期にできました。他の国には木桶はありません。ヨーロッパのウイスキーなんかも樽からつくられていますが、大型化できたのは日本だけなんですよ。日本の杉と竹を使って大型化する技術を日本人は編み出した。そんな日本人が世界で一番最初に木桶を捨ててるんです」

 日本人は目先の利益を追い求めるあまり、昔からあった長期的な視点を失ったのではないか、と康夫氏は言う。

鶴醤はまろやかでアイスクリームにかけてもおいしい

「ただね」と康夫氏は続ける。「木桶の醤油は今、1%ですが、その需要を取り合うよりも2%にするほうが楽やでって言っているんですよ。海外から和食が注目されるなか木桶の醤油の需要は高まっている。日本の人口が減っても海外。地元だけで消費されていた醤油の市場が広がるわけです。醤油業界は低迷してましたけど今は成長のサイクルに入ったばっかりなんですよ。ここは手を組んで、頑張っていきたい。今年、自分たちがつくった新桶で仕込んだ醤油を絞りました。そしたら、うますぎるくらいのすごい醤油ができてしまったんですよ。やっぱり自分たちがつくった桶だから気持ちに応えてくれたんちゃうかな」

 木桶職人復活プロジェクトの反響は大きく、木桶が蔵を超えたつながりを生んだ。菌や微生物、人の想いといった目には見えない存在が醤油の味を作り出す。木桶を通じて醤油蔵は味というバトンを未来へと繋げていく。