韓国による受注が確実視されていたブラジル高速鉄道(TAV)事業の争奪戦が土壇場で“延長”に持ち込まれた。

 ブラジル政府は昨年11月、3日後にまで迫ったTAV事業の入札締め切り日を今年4月へ延期すると突如発表した。国土交通省関係者は、「下馬評どおり韓国が受注すると見ていた」と驚き、入札を見送る方針を固めていた三井物産、三菱重工業、日立製作所など日本企業連合の幹部は、「少なくとも可能性はゼロではなくなった」と安堵した。

 リオデジャネイロ五輪が開催される2016年の開通を目指すTAVは、リオデジャネイロ州~サンパウロ州間510キロメートルを1時間半でつなぐ総事業費1兆6000億円の巨大プロジェクトだ。だが、ブラジル政府の提示条件の評判はすこぶる悪い。

 日本基準では過大な需要予測を基に試算された1キロメートル当たり0.49レアル(約24円)という上限運賃で40年間の鉄道運営を余儀なくされ、その需要リスクをヘッジする仕組みもない。建設費の見積もりも甘く、「民間にはハイリスク過ぎる」(企業連合関係者)事業だった。

 これらのリスクをものともせず唯一入札の意思を示したのが韓国で、「悪条件を二つ返事で受け入れてしまう」と、国交省関係者は諦め顔だった。韓国にとってブラジルは米国高速鉄道への橋頭堡であり、官主導の猛烈な売り込みは「リスク無視の実績づくり」(同)と見られている。

 この韓国の熱烈なラブコールを袖にした理由を、ブラジル政府は、「延期により応札を確約した者もいる」と明かし、韓国単独入札よりも競争入札を重視したと釈明した。実際、ブラジル政府は延期決定直前、自国企業や日本企業に“形式的”な入札を打診してきたとされ、なんとか競争入札の形式を成り立たせようと腐心している。

 ところが、日本政府関係者は「ブラジルの説明は本音ではない。要は、経験不足の韓国に受注させたくないのではないか。単独入札の意思を示したのが欧州勢ならば延期はなかっただろう」と首をかしげる。大手商社幹部は、「延期決定の3日前に起きた北朝鮮と韓国の砲撃戦も一因だと思う。北朝鮮リスクを抱える韓国に、40年という長期運営を委任することを危ぶんでも不思議ではない」と読む。

 一方、ブラジル政府は入札延期に伴う条件の変更は否定している。ある交渉当事者は、「ブラジルは『需要予測に誤りはない』の一点張りで、条件緩和は容易ではない」とため息交じりだ。条件が変わらぬまま競争入札が行われれば、リスク度外視の韓国優位は動かないのも事実だ。

 ブラジルでは今月、政権が交代した。「延期は喜ばしいが問題は山積、応札するか否かも仕切り直しだ。ルセフ新政権との交渉次第」と企業連合幹部。政権交代に加え国家行事のカーニバルを間近に控え、早くも4月の落札が再延長されるのではとの憶測まで出ている。アラブ首長国連邦(UAE)の原発受注で苦汁をなめた日本が、ヨルダンやトルコで雪辱したように韓国を逆転できるのか、まだ趨勢も読めない。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 宮原啓彰)

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