前回はデキル会社員正樹を取り上げましたが、今回は子育てと仕事に奔走するワーキングマザー、ケイコの物語を見てみましょう。
同じワーママの中には、共感する方、「いやいや実態はもっとすさまじいのよ!」と思われる方もいらっしゃるでしょう。こういう生活は、仕事と子育てを両立するには「仕方のないもの」「避けられないコト」なのでしょうか?
なにか少しでも、ゆとりを取り戻すための方法はないのでしょうか?
ぜひみなさんも一緒に考えてみてください。

頑張る女 ケイコ

 ケイコの朝は慌ただしい。5時半に起きて洗顔と歯磨きを終えるとすぐにご飯を炊く。食物アレルギーがあるため弁当を持たせている小学生の息子、それに夫と自分の3人分の弁当、さらに、夕食用のご飯も先に炊いておく。

 ご飯が炊けるのを待つ間、週末にまとめて作り置きしたおかずを冷蔵庫から取り出し、3つの弁当箱に手際よく詰めていく。自分の朝ご飯は立ったままのつまみ食いだ。

 その後は洗濯乾燥機から洗濯モノを取り出してソファの上に放り出し(片付けるのは夫の役目)、スマホでメールをチェック。時短勤務で働くケイコのアカウントには、昨日の夕方以降に送られた急ぎのメールが数多く届いている。

 案の定、緊急メールが入っていたので、子どもを起こすのは後回しにし、パソコンに向かう。会社のサーバーにつないで必要な資料を取り出し、30分ほど集中して修正を加えた。気になるメールは他にもいくつかあるが、それはまた後だ。ケイコはキッチンに戻り、炊きあがったご飯を弁当箱に詰めた。

 そのうち夫が下の娘を起こし、身繕いをさせて保育園に連れていく。しかし彼は、自分が朝食を食べるのに使った食器を洗っていかない。シンクには弁当用の総菜を入れていた保存容器や、子ども用の食器が溢れており、その上にちょこんと置いていくだけだ。結局それら大量の食器や鍋を洗うのは、帰宅後のケイコの仕事だ。

 その後ようやく通勤着に着替え、長男と一緒に家を出る。小学校までの10分はとても貴重な時間で、学校には馴染めているか、友達はできたか、先生はどうかと、いつも質問攻めにしてしまう。息子はおとなしくて手がかからない一方、意欲や好奇心に欠けるようでちょっと心配だ。小さな頃からなんにでも首を突っ込んでいた自分とは大違いである。

 小学校近くで息子と別れた後は一気に仕事モードに転換する。通勤時間中もスマホを駆使し、できる限りの仕事を終わらせる。都心のターミナル駅でホームに飛び出したケイコは、「もうひとつの戦場」に向かって大股で歩き始めた。

 夕方、時短勤務を終えて家路を急ぎながら、ケイコは今日、上司から打診された仕事について考えを巡らせた。会社としても初めてチャレンジする成長分野での新プロジェクトに、入社以来ずっと一緒に仕事をしてきた上司から誘われたのだ。

 ありがたい。私は恵まれてる。たしかに出産前は男性社員と比べても高い成績を上げていた。でも子どもが生まれた後は思うように仕事ができていない。仕事を抜け出して子どもを病院に連れて行ったことも一度や二度ではすまない。

 長男は下校後、近くの学童クラブに通っているが、「なじめているか、いじめられていないか」と気にかかる。1日でも「学校に行きたくない。学童もヤダ!」とグズられると、「このまま不登校になってしまうのでは!」と過剰に反応してしまう。

 とはいえ、先生に様子を聞きに行くのも気が引ける。ケイコはPTAはもちろん、学校行事の手伝いがほとんどできていない。仕事が忙しくてそれどころじゃないのだが、それでいて自分の子供の様子だけ聞きに行くなんてさすがに気まずい。

 さらに頭が痛いのが、中学受験をするかどうかだ。もし受験をするなら、塾選びから志望校選びまで、親の時間も相当に必要だ。もちろん私立の授業料を払い続けるためには、ケイコがフルタイムの仕事をやめることはありえない。去年買った家のローンだけでも、共働きは当然の前提だ。

 そういえば夫の実家からは、高価そうなサクランボが届いていた。夫は美味しそうに食べていたが、ケイコは素直に喜べなかった。「こんなもんもらっちゃったら、今年は帰れませんとはとても言えない」

 お盆に夫の実家に戻るのは、経済的にも体力的にも大変だ。自分たちだけの旅行なら食事はすべて外食にできるが、夫の実家ではケイコも料理から片付けまで担当する。ゆっくりできるのは夫と子どもだけだ。

 それでも帰れないなんて言えない。息子が中学受験をすることになれば、義父母は喜んで資金援助をしてくれるだろう。セコいようだがふたりの子どもを育てていく身として、お金はいくらあっても十分とは言えない。

 でも……今の生活は完全にギリギリだ。ふたりめが生まれてからは自分のために使える時間なんて皆無だし、先日ケイコが風邪で寝込んだときは、たった1日なのに家中が大混乱に陥った。そういえば自分の健康診断も、去年ドタキャンしたままになっている。

 ケイコは思った。「本当にこれが自分の手に入れたい生活だったんだろうか?」