母の英断と行動力
お墓は3年前に撤去した

 かつて、父方の山崎家は、小樽市内のあるお寺の檀家だった。特に、一時期の父は熱心であり、そこそこに寄付なども行っていたので、寺の境内の良い場所に山崎家の墓があった。

 しかし、住職が代替わりするのと共にお寺の有り難みが薄れた。加えて、寄付を求める、墓があるのに納骨スペースを買わせる(父は130万円出して付き合ったが、一度も使われることがなかった)、お盆には頼みもしないのに住職がやって来ては心のこもらない(と我々には聞こえた)お経を上げてお金を持って行く、といった調子で、お寺の商業性が露骨に見えるようになって、しだいに不快感が募った。

 とはいえ、お寺に墓があり、先祖の骨を持たれている以上、お寺と縁を切ることができず、いわば、骨と墓を質に取られているような状態だった。

 その状態は長く続いたが、3年と少々前のある日、母がお墓を撤去して散骨を行うNPO法人があるとの記事を見つけて、興味を持った。お墓及びお寺が、子孫の負担になるとの考えの下、彼女は、息子・娘に相談して、お墓を撤去し散骨を行い、件のお寺と縁を切る意向を固め、これに父も同意した。

 その後の母の行動は早かった。記事で見つけた「一般社団法人・終活支援センター」と連絡を取り、さらに寺と交渉して、お墓からお骨を取り出し、お墓を撤去する作業を進めた。お骨の取り出しと洗浄、及びお墓を更地に戻す費用が数十万円掛かり、「きっと家族に悪いことが起こりますよ」という、お寺の脅しとも呪いともつかぬ嫌味を我慢したが、3年前に墓の撤去を終えて、お骨を父の一家にゆかりの深い小樽の海に散骨してもらった。

 散骨の費用は一体あたり3万数千円だったとのことで(現在の同センターのホームページには3万9000円とある)、11体分の費用が掛かったが、これで完全にお寺との縁が切れた。息子としては、母がしてくれた数々の事の中でも、特に感謝したい快挙であった。

 母は、実家の仏壇も撤去し、縁の近い先祖数人の写真を箪笥の上の目立つ場所に飾って、毎日、写真に向かって語り掛けている。彼女は、「狭い仏壇の中に閉じ込めておくよりも、はるかにご先祖様に対して親しみが湧くし、彼らのことを思い出す」と言っている。気が向いたら、飲み物や食べ物をお供えすることも勝手にできる。

 彼女も彼女の子どもたちも無宗教だが、先祖に対する親しみや感謝の念は大いに持っている。また、冒頭にも述べたように、筆者は他人の信仰心を否定しようとは思っていない。生きている者の気持ちが整い、気が済めばいいのだ。

 ただ、宗教及び「宗教ビジネス」を介在させなくとも、心のこもった弔いはできるし、先祖を思い出して感謝する生活をすることができる、ということをお伝えしたいだけだ。

 父の遺骨は、しばらく自宅に置かれる予定だ。どこかに散骨するのがいいか、自分も一緒に埋葬してもらえるようにどこかの施設に埋葬するか、遺骨の処置を、母はゆっくり考えるという。

 息子としては、もちろん散骨で構わないし、あるいは、母親も彼女の子どもも都会の賑わいと人間が好きなので、彼女の娘と息子が暮らす東京都下の共同埋葬施設に納めてもらうのがいいかもしれない、とも思っている。

 明日あたりは、父の写真が実家のどこかに飾られるはずだ。父の写真にあれこれ語り掛けながらの、母の新しい生活が始まる。

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