クルーズ船誘致の前に必要な
市民参加の議論・分析

 龍郷町は住民が強い意志を貫いた貴重な事例だが、今の日本の港町はむしろ「クルーズ船誘致」に血道をあげているのが現状だ。「年間の寄港隻数」を競い合う自治体もあるなか、“おもてなし合戦”もまたエスカレートしている観がある。「あそこの港ではあんな派手にやっているから、わが自治体も」と気負う自治体も少なくない。

 京都府の「舞鶴市民新聞」は、こうした“おもてなし合戦”に疑問を抱き、「クルーズ船観光は宝の船か」と題する記事を掲載した。以下は同紙の瀬野祐太記者の記事からの抜粋である。

 “舞鶴はどうだろうか。下船した乗客は観光バスに乗り、天橋立や京都市内等の人気観光スポットに行っている。とてもじゃないが街が潤っているとは言えない。仕事を休まなければいけないなど負担ばかりが圧し掛かる「おもてなし」をする市民の顔にもどこか疲労の色が見える。”

「おもてなし」に参加する舞鶴市民に、どれほどの経済効果が及ぶのか。この“本業をなげうっての「おもてなし」”がいつまで持続するのか。筆者も以前、本連載で「クルーズ船に乗って来る爆買い客は地方を潤すのか」という問題提起をしたことがある(『中国人爆買いは果たして地方を潤すのか?』参照)。クルーズ船の誘致をめぐっては、市民参加で議論しなければならない課題が山積みであるものの、声を発するには至っていない。

「本来ならば市民が議論し、街に合った方法を考えるべきだが、現状は行政が先に打ち出したプランに対して市民がOKを出すにとどまってしまっている」(瀬野記者)

 前出のフンク・カロリン教授はその論文で「クルーズ船による効果と課題は経済、環境、交通、観光、地域のような、複数な視点から分析する必要がある」と述べている。同教授はクルーズ船に反対する立場でこそないが、誘致一辺倒の日本の在り方に疑問を呈する学者のひとりだ。

 クルーズ船の誘致以前にあるべきなのは、市民参加のもとで行う議論と分析だ。もちろん、環境汚染の可能性についても知識を深めなければならない。それが後手に回っているのが今の日本の現状である。「わがふるさと」の何を守り、何を発展させていくのか──日本でも住民が主体となって意見を述べるときに来ている。