ロボット資産運用アドバイスを提供するスタートアップ、ウェルスナビを2015年4月に立ち上げた柴山和久さん。東京大学法学部を卒業後、2000年に財務省(当時、大蔵省。在籍中に米ハーバードロースクール留学、ニューヨーク州弁護士資格取得)に9年間勤務したのち、ビジネススクールINSEADでMBAを取得、マッキンゼー・アンド・カンパニー勤務を経てフィンテックベンチャーを起業した、まさに華麗なる経歴の持ち主です。戦略的にもみえるキャリアですが、自分が起業するなんてまったくの予想外だったとか。それでも自分でやるしかない!とウェルスナビ設立を決断した理由や、さまざまな経験を経てマクロ・ミクロ両面から感じたお金や豊かさへの思いの変遷について伺っていきます。(構成:イイダテツヤ)

大手企業の退職金も25年後は平均1000万円に?!<br />思いがけず起業に踏み切ったこれだけの理由ウェルスナビ代表取締役CEOの柴山和久さん(撮影:疋田千里)

 “普通に働いたら、普通に豊かになる”というのが当たり前の世の中は終わってしまったーーー。

 それは、新卒で財務省に入省して以降、抱き続けてきた危機感でした。当時は自分が起業するなんて想像もしていませんでしたが、この問題意識がウェルスナビ設立を決意した3つのきっかけのうちのひとつでもあります。

 高度成長期にバリバリ働いていた世代なら、どんどん給料やボーナスが上がって、定年後は退職金と年金で悠々自適に過ごせたでしょう。しかし、少子高齢化により、そういう古き良き時代は終わってしまっていたのです。

福利厚生として資産運用サービスを受けられた
義理の両親と、自分の両親の資産格差は10倍!?

 現在、大企業の退職金は年間2.5%ずつ減少しています。直近の2013年は1940万円と、10年前の2500万円から560万円も減りました(厚生労働省『就労条件総合調査』大卒、大企業、定年退職の場合)。仮にこのまま進むと、現在35歳の人が25年後に手にできる退職金は1000万円前後まで減ってしまいます。一般には、退職時に必要な金融資産が3000万~5000万円といわれていますから、差し引き2000万~4000万円も足りなくなる計算です。この不足分をいかに補えばいいでしょうか。

大手企業の退職金も25年後は平均1000万円に?!<br />思いがけず起業に踏み切ったこれだけの理由退職金も年金も当てにならないとなると…

 まず思いつく選択肢は、貯蓄かもしれません。ただし、働く世代はすでに着実に貯蓄していて、50代の約半数は金融資産1000万円以上を貯めていることがわかっています(総務省『家計調査』)。しかも、コツコツ貯めても限界があります。これをうまく運用することが重要ですが、多くの日本人にとって資産運用はさほど身近ではありません。よく知られているデータですが、日本の個人金融資産1700兆円の半分以上は預貯金で、株式・債券等への投資に充てられているのは2割以下しかありません(OECD調べ)。この比率がほぼ逆転している米国などと比べると、日本人にとっていかに資産運用が遠いものかがわかります。

 なぜ資産運用をしないのか。ウェルスナビで調査したところ、次のような回答が上位に挙がりました。

・「情報収集が大変そうだから」(30%)
・「相談できるような人が身近にいないから」(25%)
・「資産運用の情報のどれを信じてよいかわからないから」(25%)

 つまり、“運用するやり方がわからない”ということですよね。

 それは、自分の両親を見ていてもそっくり当てはまるのでよくわかります。

 私の両親は金融機関勤めの会社員でした。現役時代は教育費や住宅ローンを支払いながら、リタイア後は主に退職金と年金で過ごすという、典型的な日本人の会社員らしい資産形成をしてきたと思います。一方、義理の両親は米国人で、同じような年齢と学歴で、同じように大企業に勤務しながら、金融資産は10倍近くになります。

 米国にある妻の実家は、裏庭で70~80人も招待して結婚披露パーティーを開けるほどの広さがあり、現役時代には自家用飛行機まで所有していました。家族内の資産格差にまさに仰天です(笑)。これだけの資産格差を生んだのは、勤め先の福利厚生の一環として、あるいは近所にたまたまRIA(独立系の資産運用アドバイザー)が住んでいて、まだ貧しいときから資産家向けの高度な運用アドバイスサービスを20年以上に渡って受けられたおかげでした。

 もし、私の両親も若いころから同じような資産運用サービスを受けられたら、まったく違う老後のスタイルになっていたかもしれません。それは、日本にいるすべての人にとっても同じはずです。このときの衝撃が、起業を後押しした2つめのきっかけでした。

日本の資産運用サービスは「取引」に集中
顧客の資産づくりより取引で儲けるしくみ

 近年、コンピュータやインターネットの発展によって、アルゴリズムをもとにした各ユーザーに最適な運用方法を以前よりずっと安価に提供できるようになってきました。この“ロボット運用アドバイザー”の登場で、これまで富裕層のみの特権だった資産運用アドバイスをよりリーズナブルに安心して使ってもらうことができます。このサービスを日本全国津々浦々、さらにはアジアをはじめ世界に広げたい。そう思って立ち上げたのがウェルスナビでした。

 実のところ、日本の資産運用サービスは世界のスタンダードと比べてかなり透明性が低く、サービス内容が充実していないのが実態です。INSEADで金融工学について徹底的に学んだなかで、それを痛感し、世界水準のサービスが提供できないかと考えたのが、起業した3つめのきっかけです。

 たとえば、日本の資産運用サービスは「取引」のみに集中しています。投資信託の銘柄数や、株式の約定スピード、取引の手数料などをめぐって、金融機関は競い合っています。それ以外の、目標金額やポートフォリオの設定、積立方法や節税といった点にはほとんど関わってくれません。この結果、乱暴にいえば、顧客の資産が増えても減っても、取引さえ繰り返してくれたら儲かる構造になっているのです。この点は、金融庁も具体的に批判しており、フィデューシャリー・デューティーの徹底を金融機関に対して求めるようになりました。

 ニワトリが先か卵が先かわかりませんが、日本人の多くが資産運用に奥手な理由として「情報収集が大変」「誰を信じてよいかわからない」というのも、そうした従来の資産運用サービスの不透明さを感じ取っているせいかもしれません。あるいは、情報弱者を専門家がカモにしているともいえるでしょう。

 この点、ウェルスナビでは少なくとも世界標準のサービスレベルを目指したいと考えています。

ホワイトカラーの仕事も
どんどん新興国に取って代わられる

 話が大きく広がりすぎるかもしれませんが、冒頭紹介したウェルスナビ起ち上げにつながった問題意識について、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。

 なぜ「普通に働いたら、普通に豊かになる」構造が崩れてしまったのでしょうか。

 年明けの1月20日、いよいよドナルド・トランプ新米大統領が誕生しますが、この大統領選におけるトランプ氏の勝利や、民主党サンダース氏の躍進にも一部重なる問題が日本にも生じているのだと思います。彼らを支持したのは、没落していく危機感を感じた中間所得者層でした。日本でもかつては国民の8割ぐらいが「自分の生活レベルは中の上だ」と認識していましたが、経済を支えてきたそうした中間層は急速に縮小しています。その背景にあるのは、新興国の台頭です(米国の場合は移民問題がより大きいでしょうが)。

 製造業の工場だけでなく、今ではホワイトカラーの仕事も新興国の優秀でコストの安い人材に取って代わられつつあります。米国では1~2年目の弁護士がやる過去の判例調査などは、インドに外注されるようになっています。マッキンゼーでも、以前はコンサルタントがみずから手がけていたプレゼン資料の作成などを、インドで行っています。こうして先進国の中間層の人たちは突如、インドや中国の人たちとの競合を余儀なくされ、給与面でのコスト競争を強いられるようになりました。結果、先進国から中間層が削り取られていきつつあります。

 しかも、そうした中間層をサポートするしくみや行政サービスが、日本をはじめ先進国で充実しているとはいえません。財務省で働いていた頃を思い出しても、高齢者向けの医療サービスや年金といった制度が諸外国と比較しても充実する一方で、若者向けの教育や子育てサポート、職業訓練といったセーフティネット作りには十分な政治的支援が得られていないという印象でした。若者向けの政策は選挙の得票につながりにくいからです。

 大上段から語るのはおこがましいですが、「自分はある程度豊かだ」と感じる中間層があまりに縮小しすぎると、極端な政治論争に陥りやすくなり、民主主義は成立しないと思っています。それは大統領制のような直接民主主義であっても、日本のような間接民主主義でも同じです。だから、自分も含めた中間層の人たちの所得が低下していき社会が不安定化するまえに、サポートするしくみが必要ではないか、と考えていました。

 極めてマクロ的な課題ですが、これは財務省で仕事をした経験を経て自分のなかで見過ごせない視点であり、起業のドライバーにもなった問題意識でした。財務省はみなさんに思われている以上に風通しがよい組織なので、内々ではそうした問題の解決策についてもよく議論していました。政府の力だけでできることには限界や制限もあります。民間で起業したからこそ、資本主義の力を利用しつつ、中間層を底上げするという財務省では取り組めなかった課題解決の糸口につなげられたらと考えています。

最近は“フィンテック起業家”として、さまざまなイベントに招待いただく機会も増えました。ありがたいことですが、そう呼ばれることに若干の違和感も感じています。その理由や、そもそもフィンテックって一体なんなのか、また日本こそフィンテックが得意なはずだ、と考えている理由についてはまた次回に!