拙著、『知性を磨く』(光文社新書)では、21世紀には、「思想」「ビジョン」「志」「戦略」「戦術」「技術」「人間力」という7つのレベルの知性を垂直統合した人材が、「21世紀の変革リーダー」として活躍することを述べた。
この第16回の講義では、前回に引き続き「技術」に焦点を当て、拙著『仕事の技法』(講談社現代新書)において述べたテーマを取り上げよう。(田坂広志 [田坂塾・塾長、多摩大学大学院教授])
同じ仕事をやっても差がついてしまう二人
今回のテーマは、「頑張っても上司に評価されない、本当の理由」。このテーマについて語ろう。
世の中の職場を見渡すと、仕事は頑張っているのだが、なぜか、上司や周囲からの評価が高くない、気の毒な人材がいる。
なぜ、こうした人材が生まれるのだろうか? そのことを考えるために、どこの職場でも見かけそうな、ある仕事のエピソードを紹介しよう。
月曜日の朝、9時過ぎ。出社したばかりの同期の若手社員、鈴木君と田中君が自席で仕事をしている。
すると、部長室から戻ったばかりの木村課長に、二人は呼ばれ、こう言われた。
「鈴木君と田中君、緊急の仕事を頼みたいので、相談だ…。このA社とB社の資料、かなりの枚数で煩雑な資料だが、何とか今日の夕方5時までに数字を整理し、一覧表にして持ってきてくれないか。急遽、夕方6時からの経営会議で説明しなければならないので、大変な作業だが、よろしく頼む!」
木村課長は、続けて言う。
「このA社の資料は鈴木君が担当してくれ。B社の資料は田中君が担当で頼む。なお、それぞれ、午前中の作業をして、夕方5時までに一人では処理できないと思ったら、遠慮なく報告してくれ。場合によっては、他のスタッフにもサポートを頼むから…」
二人は「了解しました」と答えて席に戻り、早速、作業に取り掛かった。木村課長の言うとおり、これはかなりの作業になる。そう思った二人は、昼食も、同僚に買ってきてもらったパンをかじりながら作業を進めた。
午後、外回りから帰ってきた木村課長が、鈴木君と田中君を見ると、二人は、引き続き、頑張って作業を続けている。それを見ながら、木村課長がパソコンを開くと、鈴木君からのメールが入っている。
「木村課長、何とか一人でできると思いますので、サポートは不要です。ご配慮、ありがとうございます」
そのメールを読み、安心した一方で、木村課長は、田中君が気になったので、声をかけた。
「作業は、大丈夫か…。必要ならば、サポートをつけるが?」
それに対して、田中君、「大丈夫です。一人で何とかやれます」と答え、すぐにまた、時間を惜しむように、作業に戻った。
木村課長も、自席で夕方の経営会議向けの資料を作っていると、4時過ぎに、鈴木君が席にやってきて、一言、報告した。
「課長、これから最後の数字の確認に入りますから、お約束通り、5時には、一覧表をお渡しできます」
それを聞いて、また、田中君が気になる。「彼の作業は大丈夫だろうか…。一人で何とかやれます、と言っていたが、自席で脇目も振らず作業をしている雰囲気は、かなり時間に追い詰められているのではないだろうか…」。そう懸念しながら資料作りをしていると、4時半過ぎに、田中君が、一覧表を持ってやってきた。
「課長、予定より早く、一覧表ができましたので、持ってきました」
「おお、早かったな。緊急の作業、ご苦労さん」と言うと、田中君、一礼して席に戻ろうとする。そこで、木村課長、気になって聞いた。