福岡「ツインドーム構想」から
ダイエー帝国の崩壊まで

 人気球団の監督には常に勝利が求められるものだがこの年、西武ライオンズは3位に終わる。恒例となったオーナーへのシーズン終了報告の場において、オーナーは言葉の端々に優勝できなかったことへの不満を込めつつ、マスコミが見ている場で最後にこう言い放った。「まぁ、監督が(来年も)やりたいんならどうぞ」。

 驕りが全面に出た、この上から目線の言葉が大々的に報じられ、世間は一斉に反発した。これもまた89年野球界の「余計な一言」である。

 西武鉄道と、親会社で不動産開発を手がける国土開発でも傲岸不遜で通っていたこのオーナーは(しかも当時55歳というから驚く)、2005年に西武鉄道株式に関する証券取引法違反で執行猶予付き有罪判決を受けた堤義明氏である。

 この年にはさらに別のビッグニュースがある。福岡ダイエーホークス(現福岡ソフトバンクホークス)の誕生だ。前年、南海ホークスが福岡で大規模な再開発事業を計画していたダイエーに売却されたのである(現在の常勝軍団ぶりからは想像しにくいが、ホークスは1999年、王貞治監督の下でリーグ優勝するまで長年、Bクラスの常連であった)。

 この大規模な再開発事業とは、福岡市西部にある埋め立て地の臨海開発地区、シーサイドももちで計画した複合レジャー施設だ。シーサイドももちをお披露目するイベントとして89年に開催されたのが「アジア太平洋博覧会」(通称よかトピア)。博覧会終了後にホークスタウンの建設が始まり、93年、日本で2番目のドーム球場となる福岡ドームが正式な本拠地となって現在に至る。

 ただし、当初計画ではこの一帯にはもう1つのドームが建設され、アミューズメント施設として利用される予定であったが、景気後退とダイエーの本業不振でツインドームは実現できなかった。というか、ダイエー自体が実質的に経営破綻し、球団がソフトバンクに売り飛ばされた。