「はい、シータ!」──。沖縄で11月に行われた人気ロックバンド、モンゴル800による音楽フェス。現地で行われたトークショーの模様が、ちょっと変わった掛け声と共に次々とインターネットにアップされた。周りの風景を360度撮影する全天球カメラ、THETA(シータ)によるものだ。
かつてはプロが専用機材で撮影するものだった全天球画像を、素人がスマートフォンのような感覚でワンショットで撮ることを可能にしたのがシータだ。スマホより一回り小さいサイズ。四つのボタンと二つのレンズが付いているだけで、デジタルカメラに付きものの液晶ディスプレーもない。撮影者は何も考えずにただボタンを押すだけで、気軽に全天球画像や動画を撮影し、その場でスマホに転送して画像を見たり、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)等にアップしたりできる。
シータを世に送り出したのは、オフィス用複合機メーカーのリコー。しかも、その中でも複合機など主要事業ではなく、「端」の事業を手掛けてきた部隊だった。
ユーザーが自由に“いじれる”仕様が人気に
時計の針を巻き戻した2010年。社長の近藤史朗(当時)の下、ある全社横断プロジェクトチームが結成される。市場が縮小し、さらに業界内でも劣勢にあったデジタルカメラ事業を強化するためのプロジェクトだ。画像・光学技術などの技術者、マーケティング担当者など約10人が集められた。全社横断プロジェクトではあるが、新しいこと、面白いことが好きな人が週に1度集まってはネットを見ながらわいわい話すという肩の力が抜けたもの。「これからの写真ってどう使われるんだろう」「今どんな写真が撮られているのかな」。その中にいたのが野口智弘だった。
新卒でリコーに入社後、ワープロ、8ミリビデオカメラのプロモーションと営業経験を経て、銀塩カメラの商品企画を担当。その後、リコーのデジタルカメラGRシリーズを一貫して手掛けていた。
そんなある日。社員食堂で自分が食べた昼食など、取るに足らない光景を写してSNSでシェアした写真を、野口らは目にした。「これは、何か具体的なものを撮るのではなく、場の空気を撮っているよね」「だったら、いっそその光景を全て記録に残すカメラは作れないかな?」。シータのコンセプトが誕生した瞬間だった。