このメールを見た途端、麻衣さんのなかで「大事なものが音を立てて崩れていった」そうです。無理もありません。麻衣さんは家庭内暴力や離婚という過去があったにしても、やはり、心のどこかで「父親らしくしてほしい」と願っていました。その淡い期待がこのメールで打ち砕かれたのです。

 麻衣さんは両親の離婚が成立してからの3ヵ月間、何のために頑張ってきたのでしょうか?離婚と同時に父親とは縁を切ってしまえば、こんなことにはならなかったはずです。父親のことを思い「よかれ」と思って努力した結果、離婚原因を作った父親からさらに追い打ちをかけられているのだから、麻衣さんのショックは計り知れません。当時、中学生だった麻衣さんにとって、それは「消せるものなら消したい記憶」だったに違いありません。麻衣さんが21歳になるまで男性経験がなかったのは「父親のせいで男性不信に陥った」ことも一因と推測できます。

 離婚から4ヵ月目。麻衣さんは父親からのメールに返事をしなくなりました。「パパは星になったの」と自分で自分に言い聞かせ、麻衣さんのなかでは「父親はいない」ことになっていたはず、でした。

 父親と縁を切って8年後、その日を境に状況が一変しました。

「あのときは涙が止まりませんでした」

 新学期が始まって2ヵ月もしないうちに、「成人祝いをしてあげたい」と携帯に父親からメールが届いたのです。突然、パニック状態に陥り、何も考えられなくなり、気がつくと麻衣さんは目に涙を浮かべていたそうです。体調を崩し、学校にも通えなくなりました。夜通し泣き続け、日が昇る頃にようやく疲れ果てて眠りにつくという日々。いかんせん、不調の原因が分からず、病院やカウンセリングに行くという発想がありませんでした。

 結局、2週間も無断欠席を続けた麻衣さんは、周囲から「引きこもり」のレッテルを貼られてしまいました。「どうせ五月病でしょう」で済まされるほど生やさしい話ではありません。

 麻衣さんはその日まで父親の存在を、意図的に記憶から消していましたが、父親からのメールは悪しき記憶を思い出させるのに十分だったからです。麻衣さんは最悪な相手からのメールを放置するしかありませんでした。

父親から強迫めいたメール
「感じの良い先生」からの電話に…

 麻衣さんが何もできないでいると、父親はさらに追い打ちをかけてきました。今度は「どうなっても知らないぞ」という意味深な、そして脅迫めいたメールが届いたのです。そのせいで麻衣さんは情緒不安定、不眠症、摂食障害などの症状に悩まされるようになりました。麻衣さんの症状が悪化したのには2つの理由があります。

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