「定石」を知らなかった秀吉が勝てたわけ

 天下人・豊臣秀吉が囲碁好きだったのは有名だ。秀吉が初めて囲碁を打った時に選んだと伝わっている戦略が面白いので、紹介したい。

 囲碁では、自分の石で囲んだ領域が自分の陣地になる。したがって、より少ない石で領域を囲むことができる碁盤の隅から打ち始めるのがセオリーになっている。ところが初めて碁を打った秀吉は、最初に黒石を天元(碁盤の中央)に置いたのだった。

「選択と集中」という定石が常に有効とは限らない『「経営の定石」の失敗学』
小林 忍 著
ディスカヴァー・トゥエンティワン 323p 1600円(税別)

 定石(じょうせき)は、もともと囲碁の用語だ。さまざまな局面ごとに最善とされる打ち手を指す。最初に隅から打ち始めるのも定石の一つだが、秀吉は定石など一つも知らなかったのだろう。

 囲碁の経験者ならわかると思うが、定石を知らないと、いとも簡単に負けてしまうものだ。しかし秀吉は、自らが天元に置いた石を中心に、相手が打った石と点対称になる場所に自分の石を打ち続けたそうだ。

 こうすれば、相手が定石どおりに打ったのとまったく同じ手を、一手遅れて自分も打つことができる。相手が定石通りに打てば、秀吉は同じ定石を打ち対抗できる。こうして秀吉は、見事に勝ったと言われている。少なくともこの方法なら、相手の知っている定石を学びながら互角に戦えそうだ。なんとも賢い戦い方であることは間違いない。

 ビジネスの世界にもさまざまな「定石」がある。書物などで優れた先人たちの「経営の定石」を日々学びながら、経営手腕を磨いている人も多いだろう。ところが本書の著者の小林忍氏は、「経営の定石」を深く考えずに特効薬として用いることに警鐘を鳴らしている。

 小林氏は、京都大学経済学部を卒業後、英国政府より1991年度Foreign and Commonwealth Office Scholarshipを得て、英国立Warwick大学にて、MSc. in Economics(経済学修士)を取得した。それに加え、日本銀行やメーカー、アーサー・D・リトル社等におけるコンサルティング業界での経験も持つ。理論と現場における実務、双方に長けた気鋭の企業再生コンサルタントだ。現在は、日本電気(NEC)のシニアエグゼクティブとして活躍している。

 本書には「選択と集中」「ポートフォリオ経営」など経営戦略に直結するもの、「リーダーシップ」「俊敏な経営」「現場主義」といった経営者の行動指針のようなもの、さらに「ワイガヤ」など現場の声を吸い上げる方法論といった、多様な「経営の定石」が取り上げられている。