――シンガーがパフォーマンスを最大限に発揮するときというのは、具体的にどのようなときなのでしょうか?

ヤギ シンプルですよ。気分よく歌っているとき。これが一番いいんです。「歌詞を間違えたらいけない」とか、「音程がずれないようにしないと」と臆病になっていたら、本来持っているパフォーマンスを発揮できません。

 レコーディングエンジニアは、そのミュージシャンが持っている一番美しいところを引き出してあげないといけない。「こんなに美しく歌えるんだ」という120%のものをレコードに残すために、音楽に乗れるようにする環境をつくるのが僕たちの仕事です。だから技術的なことだけでなく、現場の雰囲気とかミュージシャンのモチベーションとか、そういうものにもとても気を遣います。

――え? エンジニアというと技術者というイメージがあります。機材にくわしいとか、テクノロジーを使いこなすとか……。

ヤギ もちろん、技術も大切なんですけど、要するにそれって本質じゃないんですよ。どんなに最高の録音機材と技術を使ったって、くずみたいなパフォーマンスだったらくずみたいなレコーディングにしかならない。最高のパフォーマンスをiPhoneで録音したものに勝てないんです。

 技術は本質的ではない。大事なのは、パフォーマンスにどれだけ説得力があるか。エンジニアはそれを最大限に発揮する手助けをしているにすぎません。だから、技術うんぬん以前に、ミュージシャンがもっとも感情移入しやすい環境をつくることが第一の仕事なんです。

――なるほど。

ヤギ ミュージシャンが奏でる音をテクノロジー的な側面なんかより、音楽的な側面から解釈することのほうが何十倍も重要です。だから、こちらの音楽制作の現場では、シンガーが音程を外してもあえて「修正しない」という決断をすることがあります。

――え、そんなことがあるんですか!?

ヤギ ありますよ。たとえば、デヴィッド・ボウイ。

 彼が素晴らしいミュージシャンであることは改めて僕が言うこともないですけど、彼の音源を聞くと、たまに歌の音程が外れているものがあるんです。一例として挙げれば『The Next Day』のシングル“The Stars(Are Out Tonight)”。めちゃくちゃな音程というわけではありませんが、プロとしては「ああ、少し外れているな」とはっきりわかるレベルです。

●デヴィッド・ボウイ"The Stars(Are Out Tonight)


――あえて「音程を外して歌っている」ということではなく……?

ヤギ たしかにデヴィッド・ボウイは、ふだんから「あえて外した歌い方」もすることがあります。しかしそのときは、意図的に外しているんだろうなということがはっきりわかる、しゃべり声のような歌い方をする。彼の作品の中にはそうではなく、しっかり歌っているはずのところでも少し外れているところが結構あるんです。

――それって、商品としてはマズいんじゃないですか?

ヤギ まぁ、そう考えるエンジニアも多いでしょうね。普通は、もう一回歌ってもらうか、コンピュータで微調整をするでしょうね。しかし、ボウイのスタッフは、どちらの策も取らなかった。

 もちろん、「気がつかなかった」とか、「修正するのが面倒くさかった」というレベルで仕事をする人たちではありません。みんな気づいているし、修正する方法も知っている。そして、修正するだけの時間も予算も技術もある。

――それなのになぜ、修正しなかったんですか?

ヤギ それは「修正することに意味がない」からです。そこに音楽の「神髄」はない。「これを修正したほうがよくなる」という人がいたら、その人は「音」を聞いているだけで、「音楽」を聞いていないということになる。

――どういうことですか?

ヤギ 音楽とはコミュニケーションです。歌い手がいて聞き手がいる。そこで一番大切なのは、聞き手の心に深く響くこと。たとえ音程がずれていたとしても、ボウイの歌声が心に響くのならば、それを生かしたほうがいい。なぜなら、聞き手は「音」を聞いてるのではなく、ボウイの身体から発せられた「音楽」を聞いているからです。

 スタッフ全員がその思いを共有していたからこそ、「修正せずに世に出す」という判断ができたのだと思います。ハリウッドのプロ目線で音楽を聴くと、こういった不完全であるがゆえに完璧な名作はたくさんあるんです。