1960年代中頃、国際政治の事情により、ザンビアは在来の銅鉱石の輸出ルートを使えなくなり経済的に苦境に陥った。このためタンザニアのダルエスサラームから輸出することを目的とした鉄道建設が目指された。

 タンザニアとザンビア両政府首脳の要請を受けて、1970年から1976年までの6年間、中国は無利子で計4億320万ドルの借款を与え、数万人にも及ぶ労働力を投入して、タンザン鉄道を完成させた。全長は約1860キロのタンザン鉄道によって、タンザニア、ザンビア両政府はアンゴラ内戦などによって破壊されたベンゲラ鉄道などを経由しない銅輸出ルートを確保できた。

 この新時代のタンザン鉄道と呼ぶべきエチオピア・ジブチ鉄道ができたことで、東アフリカの海抜2400メートルの高原から海抜0メートルのジブチまで、途中、大地溝帯や火山地形、断層帯を通りながら疾走する中国製の列車は、アフリカの日常光景と変わっていく。エチオピアとジブチの国民は大喜びで我も我もと競うように列車に乗り、近代的な鉄道のスピードと快適さを体感している。

 一連の報道記事を読む私の目はどうしても微笑ましいところに行く。美人ぞろいの列車の乗務員たちだ。全国から選び抜かれた彼女たちは写真を撮っては自らのSNSに載せ、人気を集めている。中国で見慣れた制服に黒人の美女。その構図の意外さと珍しさに時代の変化を感じ、思わず微笑むのである。

 アディスアベバ郊外に新設された駅で開かれた開通式典では、「この鉄道の完成は我々の夢をひとつかなえてくれた」(エチオピアのハイレマリアム・デザレン[Hailemariam Desalegn]首相)、「この鉄道は我々の未来に成長のチャンスをもたらした」(ジブチのイスマイル・オマル・ゲレ[Ismael Omar Guelleh]大統領)などの評価も、この鉄道の重要性を裏付けている。

 エチオピアには海に出る港がなく、輸出はこれまではクルマなどでジブチ市に輸送して船積みしていた。鉄道が開通したことで、エチオピアは工業主導の経済発展戦略の実施を打ち出し、鉄道沿線の開発を進め、国全体の工業化を後押ししたいと考えている。

 一方、ジブチは今後20年以内に鉄道と港によってジブチ市を「東アフリカのドバイ」のような海上輸送の港かつビジネスの中心地にし、国を中レベルの収入の国家に押し上げたいと自信満々である。