食事を済ませると、歩いて数ブロック先のマッサージ屋に移動した。まるで高級ホテルのロビーのような受付けで個室を頼むと、合革であろうが見た目豪華なリクライニングシートが丁度人数分3つ並んだ部屋へと通された。
岩本を中央に挟んで並び、按摩嬢が運んできた桶のお湯に熱さを我慢しながら両脚を入れる。中に薬草が入っているらしくぬるぬるしていたが、足裏のツボを押す前にこうやってふやかしておくことが必要なのだそうだ。
「熱いなあ……。そうそう、言い忘れていた。実は、鄭州で可愛いお嬢さんに出会ってねえ……」
岩本会長が、川崎慶子のことを話し始めた。中国人に間違われた工場での出会いから、一緒に食事をして仲良くなり、上海の飲み屋を紹介すると言ったことまでを楽しげに長々と話す。隆嗣は根気強く相槌を打ちながら聞いていた。
「それで、幸一君に今夜案内させようと思うんだが、いいかな?」
横で聞いていた幸一は、何か皮肉を言われるのではないかと冷や汗を掻いた。
「わかりました。それでは私も店に参りましょう。お春に紹介しておきます」
幸一の不安をはぐらかし、隆嗣はあっさりと引き受けて自ら店へ顔を出すと約束した。
「お春さんは元気かい? 久しく会っていないねえ。残念だなあ。こんなことなら、私も上海に泊まればよかった」
「元気にしております。よろしければ、滞在を1日延ばされませんか? お春も喜びます」
隆嗣の言葉には、社交辞令を超えた真情が窺われた。
「いや、やめておこう。どうせ年寄りは、夜は早く寝てしまうんだ」
マッサージが始まると、ツボを押されるたびに「アイタタタ」と声を上げて按摩嬢に笑われていた岩本会長だが、しばらくするとツボの刺激に慣れてきたのか、昼食時のビールも手伝って軽い鼾を発しながら眠ってしまった。岩本会長の寝息を確認してから、隆嗣が幸一へ囁きかける。
「それで、その女性とはどのような約束になっているんだ?」
「彼女が上海へ着いたら、私の携帯へ電話をしてくれることになっています」
「そういえば、君はホテルを取っているのか?」
「はい、上海駅前のホリディインを予約しました」
実は、伊藤氏に頼むのに気後れして、昨夜のうちに自分で手配しておいたのだ。
「そうか」それっきり隆嗣は口を閉ざした。