円高拒否がもたらす大きな歪み
円高阻止政策が行なわれると、輸入が増えないので、マクロ的な需給が緩和しない。
そのため、本来は復興のために投資が増大する必要があるにもかかわらず、それが抑えられる。また、消費も減少せざるを得ない。つまり、円高阻止が行なわれない場合に比べて、復興投資と消費の資源の奪い合いが激しくなるのだ。
このような軋みを避けるには、円高を阻止しないことが必要だ。また、増税で消費を抑えればそれだけ復興投資が促進される。復興財源として国債が用いられれば、以上で述べた歪みは大きくなるのだ。
上で述べたマクロ制約を、資金面から見ると、つぎのとおりだ。復興のために民間資金需要が増えると、国債の消化は難しくなる。このため、金利が上昇して円高になる。これを阻止しようとして金融緩和すれば、インフレ圧力が高まる。
日銀引受国債発行をすれば、インフレになる可能性が高い。これは、戦後復興期において実際に起こったことである(本章の5を参照)。そして、インフレが生じれば、消費が強制的に抑制される。インフレは、不公平な形で負担を国民に押し付ける。復興のファイナンスが増税によって行なわれる場合にも消費が削減されるのだが、インフレによる消費削減は低所得者にも及ぶのに対して、増税による場合は、主として高所得者の消費を削減する。その意味で、インフレよりは増税のほうが望ましい。
経済全体の需給バランスを考慮せず、各項目だけを見た議論が多く行なわれている。しかし、国民経済のバランス式は、どうしても成立しなければならないものだ。それを無視した感情的な議論に政策が押し流されれば、最も望ましくない形での負担が国民に押し付けられることとなる。
復興国債で負担を将来に移すことはできない
復興のための財政支出を賄う手段として、復興国債が提案されている。この背後にあるのは、「いまは厳しい時だから、増税で経済を疲弊させてはならない。負担は経済が回復してから負えばよい」という発想だろう。その前提になっているのは、「国債によって負担を将来の時点に移せる」という考えだ。
しかし、そうしたことにはならない。国債を発行しても、負担の時間的配分を変えることはできないのである(国債発行によって将来に移せる負担は、政治家や財務官僚の政治的・事務的な負担である。いま増税すれば、そのための政治折衝や国民への説明、立法措置等々を、いま行なわなければならない。しかし、国債発行なら、こうした負担は軽減される。増税のための政治的・事務的負担は、将来の政治家や財務官僚が負うのだ。このことと、国民経済の負担を混同してはならない)。
償還時の状況についてこれが正しいことは、比較的理解しやすいと思う。説明の便宜上、復興国債は10年債であり、借換えはしないものとしよう。
償還のために10年後の時点で増税すれば、一見したところ、10年後の人々が負担をしているように思える。しかし、その時点の国債保有者は、償還金を受け取ることに注意しなければならない(預金を原資として銀行が国債を購入したのだとすれば、償還金は銀行を経由して預金の保有者に届く)。結局のところ、10年後の時点では、納税者から国債保有者に所得が移転されるだけである。国全体としては、使える資源が減少するわけではない。つまり、10年後の日本人は、全体としては負担をしないのである。
では、復興投資の負担は誰がするのか? それは、国債が発行される時点の人々である。これまで述べてきたように、生産制約がある状態で国債を増発すれば、金利が上昇する。閉鎖経済では、それによって投資が減少する。開放経済では、円高になって純輸出(輸出-輸入)が減少する。いずれにしても、その時点で他の需要項目が減少することによって、国債が消化されるのである。これが「クラウディングアウト」に他ならない。
投資の減少とは、民間復興投資の減少である。つまり、企業の生産設備の復旧や住宅復旧を犠牲にして、道路や橋などを建設することになるわけだ。これに対して増税で復興投資を賄った場合には、消費が減少する。いずれにしても、国債が発行された時点で他の需要が減少し、それが政府の復興投資に必要な資源を準備するのだ。
税と国債の違いは、犠牲にされる需要の違いだ。つまり、「復興財源を国債にするか税にするか」という選択は、「企業設備投資や住宅投資を犠牲にするか、それとも消費を犠牲にするか」という選択である。復興財源を国債に求めれば、現時点で何の犠牲もなしに復興投資が行なえるような気がする。しかし、そうではないのである。
政府は、「被災地復興のための財源を復興国債で賄い、数年後に増税してこれを償還する」という方向での検討を始めたようだ。これは、「復興国債によって負担を数年間先送りできる」という考えに基づくものだろう。これは、国債の負担に関する典型的な誤解に基づいた政策だ。何度も繰り返すが、復興国債の負担は、それを発行した時点でクラウディングアウトが生じることにより、その時点の国民が負うのだ。