負担増は避けられないのだが、反対が強い

 大震災からの復興に必要とされる政策は、国民に負担を強いるものだ。供給面に制約が生じているからである。この点が、数年前に生じた世界経済危機との本質的な違いだ。

 これまで述べてきたように、この状態に対応するには、国内の需要を減らす必要がある。あるいは、輸出を減らして輸入を増やす必要がある。国内需要削減のためには、電気料金値上げや増税などの「負担増」がどうしても必要だ。また、純輸出(輸出-輸入)を減らすには円高が必要である。

 しかし、このどれに対しても強い反対がある。誰も負担を望まないのだから、それは当然のことだ。

 実際、負担増に対する感情的な反対意見は、すでに支配的になっている。しかし、そうした状態が続いて供給不足が解消されなければ、結局は望ましくない形での負担増が実現する。私は、このことに強い危惧を感じる。

 電気について言えば、今年夏には需要が供給能力を超過するのが確実なため、電力需要を抑制しなければならない。このためには、電気利用コストが何らかの形で上昇せざるを得ない。問題は、それを、「料金引き上げ(または電気料金への課税)という明示的な形で行なうか、それとも、停電という形で行なうか(あるいは自主削減で行なうか)」という選択である。

 いま問われていることは、「いままでどおりの料金で、いままでどおり電気を使い続けること」と「電気料金を値上げすること」の間の選択ではない。「電気を強制的に切られるか」、それとも「高くなった料金に対応して自ら需要を抑制するか」という選択なのである。

 計画停電をすれば、不公平で大きな犠牲が発生する。とくに医療現場で非常に深刻な問題が発生する。自家発電があっても、十分な時間の手当てはできない。停電の中での出産は、きわめて危険な状況で行なわれることになる。在宅介護の場合もそうだ。命に関わる問題が発生するのだ。

 それにもかかわらず、「電気料金の値上げは絶対反対です」と言っているエコノミストがいる。私は、これを聞いて、本当に情けなくなった。

 私が「ダイヤモンド・オンライン」で行なった電気料金値上げ提案に対しても、感情的な反発が多かった。「事故を起こした東電が料金引き上げで焼け太りするなどもってのほか」とか「オール電化住宅にしてしまったので、いまさら値上げなど暴論」といった意見だ。「経済学者は我欲と銭しか頭にないのか」という意見もあった。

再び喩え話

 以上のことを、本章の1で述べたホテルの喩え話で説明すれば、つぎのようになる。

 押しかけてくる客を処理するための合理的な方法は、部屋代を引き上げることである(現実の世界では、電気料金の引き上げ、またはそれへの課税。金利上昇と、それによる円高。所得税や法人税の引き上げ)。あるいは、不要不急の人には宿泊を自粛してもらうことだ。それらによって、どうしても必要な人だけに部屋を提供することができる。あるいは、地震にあっていないホテルの料金は従前のままなので、そちらに移ってもらう(円高による純輸出の減少と生産拠点の海外移転)。

 ところが、人々は、「負担が増えるのは嫌だ」「よそのホテルに移るのも嫌だ」と言って反対している。また、「自粛」もしばらくは続いたのだが、そのうち、部屋数が減ったということを忘れて、「過度の自粛は経済を萎縮させる」という意見が増えてきた。なお、一部の部屋の電気を切って客足を遠のかせるという試み(「計画停電」)はすでに行なったが、焼け石に水だ。また、1つの部屋を交代で使ったらどうか(「輪番休止制」)と提案するマネージャーもいるが、そんなことができるだろうか?

 何をやったとしてもホテルの部屋が増えるわけではないのだから、最終的には、暴力団を使って強制的に客を追い出す以外に方法はないだろう(インフレによる消費の強制的な削減)。

 こうした事態になることは何とか避け、残ったホテルの部屋を秩序立って使うほうがいいのだが、人々は、「ホテルの部屋数には余裕があるはずだ」というこれまでの固定観念をなかなか変えられない。

 日本経済における復興投資は、今年の夏過ぎから本格化するだろう。それに伴って、クラウディングアウトが現実の問題となる。これまで「10年後の問題」と考えられていたインフレーションは、すぐにでも起こりうる問題となったのである。財政措置の具体論については、第3章と第4章で論じることとする。
 

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