【必読ポイント!】
◆プレイングマネージャーの誕生
◇問屋は必要ない

 その後、ビール事業の失敗を酒造りに活かしていく桜井だが、同時に取引に関しても大きな変革を行なった。年間7000万円ほどの取引のある問屋との付き合いをやめたのだ。このとき、桜井は1億9000万円もの欠損をかかえていたにもかかわらず、である。

 その背景はこうだ。問屋は「日本酒はもう伸びない」と考えており、一方で小売店は「最近『獺祭』が入ってこない」と苦情を言っていた。現場と問屋の話がまったくちがっていたのである。その結果、流通は目詰まりし、売上が伸びなくなっていた。

 桜井の決断に対し、古い業界からの反発はすさまじかった。しかし桜井は、「獺祭」をどの酒販店が売ってくれているかという情報を持っていた。だから、そうした店に一軒一軒訪れ、直(じか)売りをしてまわった。そして、今まで問屋が言ってきたことが、いかに嘘だったかを知った。

 問屋を切ったことで、桜井のもとには7000万円の売上げがそのまま入り、問屋のマージンだった2000万円も支払う必要がなくなった。桜井の問屋に対するコメントは辛辣だ。「今はわずかにお付き合いのある問屋はありますが、基本的に無用論です。問屋に私らが未来永劫食わしてもらえるという保証はないですから」

◇杜氏抜きの酒造りへ

 地ビール事業の失敗がもたらしたのは、大きな欠損だけではなかった。『獺祭』の生みの親となった杜氏が突然辞めてしまったのだ。日本酒の蔵でありながら地ビールに手を出した、蔵元への反発があったのだろう。仕込みは3カ月後に迫っており、次の杜氏がすぐに見つかるわけもいない。まさに絶体絶命のピンチであった。

 しかし桜井は驚くほど動揺しなかった。数日考えたのち、決断した。自分で造ればいい。「獺祭」の新しい道が開けた瞬間だった。

 今でこそ、蔵元が杜氏を兼任する、すなわちプレイングマネージャーとして活躍するのは当たり前になっている。しかし当時は画期的なことだった。昼間は資金繰りを必死に行ない、夜は蔵に入って酒造りに注力した。

 3ヵ月後、ついに大吟醸を搾る日がやってきた。ふるえる思いで桜井は搾ったばかりの酒を口にした。以前、杜氏と造ったときよりも旨い大吟醸が、そこにはあった。

一読のすすめ

 よく知られている酒だからこそ、ともすれば一面的なイメージで語られがちな「獺祭」だが、その奥深さたるや、と思わず唸ってしまう一冊である。本書では要約で触れた内容のほか、旭酒造が四季醸造へ転換することになった背景から、実際の酒造りの様子、「獺祭」の今後の展開についてまでがくわしく語られている。日本酒好きはもちろんのこと、日本文化について関心のある方であれば、ぜひとも読んでおくことをお薦めしたい。

評点(5点満点)

著者情報

勝谷 誠彦(かつや・まさひこ)

 1960年、兵庫県尼崎市生まれ。文藝春秋社勤務を経てコラムニスト、写真家。フィリピン動乱、湾岸戦争、北朝鮮などを取材。フリーに転じてからは食や旅のエッセイ、イラク戦争の取材、社会時評、小説などで健筆を振るう。月刊『Hanada』の連載コラムをはじめ、雑誌に多数連載を持ち、『イラク生残記』『バカが隣に住んでいる』『この国を滅ぼすバカとアカ』、小説『平壌で朝食を。』『ディアスポラ』など著者も多数。

 サンテレビ「カツヤマサヒコSHOW」でMC、CS(DHCシアター)「ニュース女子」にコメンテータとして出演中。ギネスの噂もある365日休み無し朝10時までに、ウクライナのドネツクにいても配信する『勝谷誠彦の××な日々』に信者多し。詳細はこちらを!

(1冊10分で読める要約サービス flier