昨今の日本酒人気は、おいしい酒が偶然、登場して始まったものではない。実は、その裏では大きな構造変化が起きている。新しい造り手による日本酒が、飲む状況や飲む層を変えたのだ。(週刊ダイヤモンド2014年11月1日号特集「世界が認めたニッポンの酒」より)
ニューヨークで1日に8000億ドルを動かす仕事から、酒造りの道へ……。静岡県藤枝市にある青島酒造の青島孝専務・杜氏はファンドマネジャーから、家業の酒造りに戻った異色の経歴の持ち主だ。
青島専務の酒造りはストイックを極めている。何しろ、一年のうち半分は蔵にこもっているのだ。眉毛を含めて、ありとあらゆる体毛をそって造りに臨むため、外出もできなくなる。
一日の睡眠時間は3時間程度で、嗅覚が鈍るという理由で、牛肉と豚肉は食べない。テレビや新聞、インターネットなどの情報をチェックする時間は一切ないという。
そして、一年の残り半分は、近隣の稲作農家と一緒に原料米作りを担う。無農薬のため朝早くから毎日、雑草を取りにいく。仕事以外では、ほとんど遠出もしない。この生活を20年近くも続けている。
華やかな海外での金融業務から、酒造り一筋へと生活は一変しても、「まったく苦しくない。楽しくてしょうがない」と笑う。
こうしてできた日本酒は「喜久醉」というブランドで出荷される。喉越しがすっきりとしていて、きれいな味わいだ。日本酒ファンに人気で、品薄になっている。
実は、青島専務のような日本酒の造り方は、一昔前には考えられなかった。
というのも、日本酒は経営者である蔵元と、製造を担当する杜氏とで、きっちり役割が分かれていたからだ。お互いの領域には口を出さないというのが常識だった。