マレーシアで機械設備の輸出準備が整ったので、その検品と船積み立会いのために出発する一行の団長格である李傑は、幾分浮かれているようだった。

 現地に詳しい幸一と、機械設備のプロである石田の二人がマレーシアへ行くのは当然だが、隆嗣がどうしても外せない仕事があるからと、代表として李傑へ出張するよう依頼したのだった。

 マレーシア航空のカウンターで搭乗手続きを終えた一行が、出国ゲートへ向かって歩いて行く。

「お土産を忘れないでね」

 幸一の腕を掴みながら慶子が声を掛けると、黙ったままの幸一に代わって、後ろから石田が応えた。

「幸一君がマレーシアのお嬢さんに手を出さないよう、見張っててあげるよ」

 その年齢に似合わぬ若々しい声に、慶子は振り返り笑い声で返した。

「見張りが必要なのは石田さんの方じゃないんですか?」

「私はもう色気は御免だよ、枯れてしまってるからね」

 石田が大げさに首を振る。

「枯れているなんて信じられないわ。お肌が艶々と輝いていますよ」

 そんな大人の女性として受け答えが出来るほど、慶子は元気を取り戻していた。

「ねえ、そうでしょ?」

 慶子が可笑しさに肩を揺らしながら横の幸一へ顔を向けたが、彼はこちらの話を聞いていないようで、数メートル先を並んで歩く隆嗣と李傑に険しい目を向けていた。

 なんだろう? 慶子も訝しい目を先頭の二人に向けた。何か小声で話し合っているようだが、空港の喧騒の中で聞き取ることは出来なかった。

「判っているね、李傑。先方のチュア氏と君の二人だけで、シンガポールへ行ってくれ」

 李傑の耳元で隆嗣が囁いた。李傑が頬を緩める。

「判ってるさ。10万ドルだろう、任せておけ」

「それは君のものだ」

 照れ笑いで応える李傑の背中を軽く叩いて、隆嗣が出発を促す。

 三人の姿がゲートの中に消えると、隆嗣は傍らの慶子へ向き直って業務指示を下した。

「私はしばらく上海を離れる。会社は君に任せるよ」