「上司を守るために、労基署にやってきた人は前代未聞!」

  お役人たちはあっけにとられて、それを見ていたそうです。
「上司を訴えるために、労基署に押しかける人はいても、上司を守るために、労基署にやってきた人は前代未聞」
  お役人は、のちに私にそう言うと、ため息まじりにこう言葉を継ぎました。

「いや~、三輪さん。愛されていますね」

  私は泣きました。

  スタッフの信頼が何よりうれしかったのです。

  MVP賞もいただきました。新宿署からは暴力団排除の感謝状もいただき「歌舞伎町のジャンヌ・ダルク」と呼んでいただいています。

  でも、私にとってなによりの勲章は、スタッフたちの心だったのです。

  のちに、この話を聞いて八戸に住む、私の母は電話口でこう言いました。

「まるで、忠臣蔵ですね。たとえそうしたいという気持ちがあっても、実際に行動に起こしてくれる人はそういるもんじゃありませんよ。康子は幸せ者ね」

  私は、涙で言葉が詰まり、何度も電話口でうなずきました。

「怒鳴られたらやさしさでお返しをする」
  私は、どんな人にでもそうしてきたつもりです。
  でも、スタッフに支えられ、やさしさに支えられていたのは実はこの私でした。

  身体を張ってスタッフたちを守っていたはずが、いつの間にか身体を張って守られる側にいたのです。私はつくづくとこの幸せをかみしめました。

  あれから、私はクレーム対応をしている肩越しに、スタッフにウィンクしてもらい、時間を教えてもらっています。

  相変わらず、人間にしっかり向き合うことは忘れていませんが、よりいっそう熱を持って交渉にあたりますので、心なしか、早めに解決できているようです。

 

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【著者】三輪 康子
新宿歌舞伎町にある有名ホテルグループに勤める現役支配人。グループ内で過去何度も「売上日本一」となる。2010年度MVP賞受賞。日本一のクレーマー地帯で先頭に立って部下を守りながら、モンスタークレーマーを体当たりで受け止め、次々ファンに変えた伝説の名物支配人。青森県生まれ。ホテル業界未経験ながら、着任当初、ヤクザ、売春婦、薬物密売業者などが徘徊していたホテルを粘り強い交渉と人情で、安全で清潔なホテルに生まれ変わらせた。その功績が認められ、警察から「歌舞伎町のジャンヌ・ダルク」と尊敬をこめて呼ばれ、感謝状が贈られた。本書が初めての著書。